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07/01  いざ出発!!! 

デリーは今23:45です。日本は7月1日の3:15かな。
これから、インディラ・ガンディー国際空港に向かいます。
デリー3:30発のキャセイパシフィック航空752便で香港に飛び、ヨハネスブルグを経て、
南アフリカのケープタウンに向かいます。
それぞれ5時間30分、13時間15分、2時間の計20時間45分の飛行です。長いなぁ(笑)。
香港到着が明日の11:30着、ヨハネ行きが23:45発、12時間程香港で待たなければなりません。
どうせなら香港観光してしまおうか悩み中です。最後に日本食堪能しようかな(笑)。



遂に、アフリカ大陸!!!



今は、“アフリカ=危険”が頭の中を駆け巡り、アドレナリン分泌過多傾向です。
一体どんな所だろう。
ガイドブックを読んでいると、強盗・殺人・レイプetc・・・・、犯罪の種類がアジアと違う(笑)。
アジアでは詐欺や睡眠薬強盗が多いなら、アフリカ・南米では首絞め強盗・集団強盗と確実に質が凶悪になっています(汗)。
調べれば調べるほど、恐ろしくなります(笑)。
インドに来る時も、ガイドブックで予習し過ぎか、ビビリまくっていましたが、実際はそこまで危険を感じませんでした。
アフリカも同様だと“期待”します(笑)。
でも恐らく、自分自身が細心の注意を払っていれば、そういった危険は防げると思うし、それでも襲われた時は、もうそれは運を天に任せるしかありません(笑)。
大体、もし本当にそんなに危険であれば、旅行する人もいないはずだと鼓舞しています(笑)。

しかし、そういったネガティブな情報だけではありません。
旅の先輩方のブログを見ていると、皆さん“アフリカ”をとてもエンジョイしています。
自分も日本を発つ前は、アフリカ関連の映画に興味を惹かれて、よく観ていたので、実際にその地に行けるのは大きな楽しみです。


当面の予定としては、7月2日にケープタウンに到着し、数日ゆっくりした後、この旅のハイライトの一つ、オーバーランド・トラックツアーに参加してきます。

7月6日~25日    ケープタウン⇒ビクトリア・フォールズ
7月27日~8月30日  ビクトリア・フォールズ⇒ナイロビ

の2種類に参加します。期間は約2ヶ月。
オーバーランドトラックという巨大なトラックに荷物・食料を全て載せ、数人のガイド兼ドライバーと十数人の観光客で、各地を転々とするツアーです。
宿は全てキャンプ、飯自炊の“アドベンチャー・ツアー”です。
アフリカでは、交通手段が発達していなかったり、治安の問題があったりと、個人で各国の見所を回るのは難しいので、こうしたツアーは、欧米人を中心に人気があります。

その後、情勢しだいで、ケニアからルワンダに向かい、1994年に起こった悲劇の場所を訪れたいと思います。映画『ホテル・ルワンダ』を観た方はわかると思いますが、ホテル・ミルコリンには是非泊まってみたいです!!!
ホテル・ルワンダは必見の映画ですよ!!!!

ルワンダの後は、セネガル経由でニジェールに向かいます。
旅の楽しみ編にも書きましたが、ニジェールもハイライトの一つ。谷垣先生にお会いできたら幸いです。
ひょっとしたら、ニジェールの前にセネガルから一度、カーボ・ヴェルデに行くかもしれません。
ニジェールのあとは、モロッコ・エジプト経由で中東に向かいます。


恐らくアフリカは3ヶ月程度旅行すると思います。

アジアはどこの国もインターネット環境が整っていて、そこまで不自由は感じませんでした。
アフリカでもこの調子で更新し続けられることを祈ります。

それでは、アフリカ行ってきます!!!!!

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[ 2008/07/01 03:18 ] 旅行道中編~India | トラックバック(-) | CM(7)

07/01  インドの現実 

昨日は以前から行きたかった、ガンディー・メモリアル博物館とガンディー・スミムリティー博物館に行ってきました。
どちらも非暴力運動で有名な、インドの独立の父マハトマ・ガンディーに関する博物館です。
ガンディーは、非暴力によって、カースト制度による差別をなくそうと訴え続けたことで有名で、カースト制度の中で最底辺の人々“ハリジャン(アンタッチャブル・不可触民)”の解放は彼の目標でした。
志半ばにして、極右青年の凶弾に倒れるわけですが、メモリアル博物館はそういったガンディーの写真・
資料・書物・遺品などが時代順にわかりやすく展示されていました。
1948年1月30日、ガンディーが最後に着ていた洋服も展示されており、その真っ赤な血痕は60年の歳月を経た今でも強烈に残っています。

スミムリティー博物館は、独立運動の支援者であった民族資本家の旧邸で、ガンディーがしばしば寄宿し、晩年多くの時間を過ごした場所です。
1948年1月30日夕方、ガンディーはいつものように敷地内の寺院に礼拝に向かう途中、暗殺されました。
敷地内には、ガンディーの足跡が残されており、それは途中で突然途切れています。まさしくそこが銃弾に倒れた場所です。
デリーにて デリーにて 

デリーにて デリーにて デリーにて 
“私は私の任務下において死ぬことを恐れない。もし、それが運命であるならば。”
“私は信仰と祈りの人間であると強く主張する。例え私が殺されてたとしても、私は神が私に、彼を否定せず、彼を許す強さを与えてくれると信じます。”
“私は例え殺されても、私にとって『神』と同義である『ラーム・ラーマ』の名を唱え続けることを止めません。
この言葉と一緒であれば、私は安らかに死ぬことが出来ます。”
まるで自分の死を予測していたかのような、彼の言葉が石碑となって建立されています。
そして彼の最後の言葉は、まさしく
『He Ramヘイ・ラーム(おお、神よ)。』
であったと言われています。

デリーにて デリーにて 
この写真は、彼が最後の時に向かっていた、そして普段よく礼拝に訪れていた寺院です。
ガンディーは生前、この寺院の前にある椅子に腰掛け、人々に語りかけていたそうです。
“私は光が暗闇を一掃することを祈ります。非暴力の信念を持った人々、私と一緒に祈りましょう。”

そして博物館の出口には、『私の夢の“インド”』と題した、彼の文章がありました。
デリーにて 
私は全ての奴隷制度から解放されたインドを創りたい。
最も貧しい人々(ハリジャン)が彼らの意見を唱えられる、
高い階級も低い階級も無い、
全てのコミュニティーが完全に調和した、
“インド”の為に働きたい。・・・・・・・・・、
これが私の夢の“インド”です。




残念ながら、街中では、家を持てず路上で暮らす貧しい人々をよく目にします。
貧富の差がとても激しいと感じざるを得ない光景があります。
全てが世襲制のカースト制度は、今でもインド人の日常に深く根差しているのでしょう。
出生によって身分が決まってしまうインド。
デリーでは赤信号の度に、どこからともなくdonationを求める人達に囲まれます。
俺の手足をひっぱり、弱々しい声で訴えてきます。
俺は何もしてあげられません。
例えそこで施しをしたとしても、彼らの現状は変わらないでしょう。
ちょっとした優越感と自己満足感に浸るのが、関の山です。
日本では考えられない、深い深い壁があります。


崇高な目標を掲げ、“平等”の為にその一生を捧げたマハトマ・ガンディー。
彼をインドの父と呼びながらも、彼の理想とはかけ離れた、カースト制度を暗黙のうちに了解するインドの人々。

俺は、ただその現実を傍観することしかできません。

[ 2008/07/01 01:00 ] 旅行道中編~India | トラックバック(-) | CM(0)

06/30  この1週間 ? 

以前にも少し書きましたが、25日早朝バラナシ到着。

バラナシはインド人の心の故郷的な場所で、聖なる河ガンガーが流れています。
死後、バラナシで荼毘にふされ、遺灰をガンガーに流してもらうことは、インド人にとって至上の喜びだそうです。
バラナシで印象的だったのは、やはり沐浴する人々の姿と、その隣で遺体が焼かれていく風景でした。
まさに生と死が同居していました。
火葬場には全土から遺体が運ばれてきて、24時間止まることなく、動き続けているそうです。
見ていると、次々と遺体が運ばれてきます。白い布に包まれていれば男性、オレンジなら女性。
ヒンドゥー寺院に運ばれた後、ガンガーの水に浸してから、いよいよ火葬されます。
だいたい3時間ほど。その間家族は傍らでずっと見守り続けています。
女性と子供は泣き叫んだりするので、火葬場には来れないそうです。
ヒンドゥー教の人々は輪廻転生を信じ、墓を持ちません。みんなこうして河に流されるそうです。
バラナシにて バラナシにて バラナシにて バラナシにて 

夜はプージャというという礼拝を見に行きました。礼拝僧が5人並び、川に花を浮かべ、燭台の火を掲げて祈ります。スピーカーからヒンドゥー音楽が流れ、周りの信者は、みな歌を口ずさみながら、一緒にお祈りしています。
時々テープが音飛びし、いきなりアカペラになったり、観光客用の舟のおじさんが礼拝僧に対峙して全裸で仁王立ちしていたりと、ところどころ愛嬌があります。それもインド流でしょう。
バラナシにて バラナシにて 

先にも書きましたが、真夜中のガンガーと月明かりに照らされたバラナシの町の静かな景色も忘れられません。
バラナシにて バラナシにて 


[ 2008/06/30 01:45 ] 旅行道中編~India | トラックバック(-) | CM(0)

06/30  この1週間 ? 

カジュラーホーは、エロティックな彫刻のヒンドゥー教寺院群で有名です。
もちろん身も心も純白な私は、そのエロティーーーーックな彫刻を拝見しに来たのですが、期待する程ではありませんでした。カトマンズの寺院の方がよっぽどエロティーーーーーーーーックだったと思います。
一応世界遺産に指定されていますが、正直いまいち!!!!
『☆一つ!!!!』
カジュラーホーにて カジュラーホーにて カジュラーホーにて 

しかし、ヒンドゥー教は不思議ですね。
聖と俗の混在。中には動物と交わる女性の彫刻も!!!!
どうも日本人的観点から見ると、寺にエロは馴染みません。むしろバチアタリ的な発想の様な気がしてしまいます。
ガイドブックには、“古代の人々は、自己と絶対者との完全な同一性を求め、その神的な意識を獲得する為の方法の一つが性的儀礼であった。次第に性的結合自体が神聖視され・・・”とありましたが、別に牛と交わらなくてもいいんじゃねぇ???そんなアクロバチックなお体位で頑張らなくてもいいんじゃねぇ???
等と考えてしまいました。
カジュラーホーにて カジュラーホーにて カジュラーホーにて


期待したほどの感動はありませんでしたが、カジュラーホーの近郊の村の雰囲気はとても良く、のどかな農村風景を楽しめました。

[ 2008/06/30 01:44 ] 旅行道中編~India | トラックバック(-) | CM(0)

06/30  この1週間 ? 

この一週間のご報告。まずは23日から~~~。


23日朝ニューデリー駅に行くと、駅の入り口で駅員を名乗る男性に話しかけられました。
スーツをピシッと着こなしたその男性は、
『チケットを確認します。・・・、あなたのチケットは外国人専用改札からの乗車になるので、こちらではありません。駅ビルの2階にあるのでお連れします。』
と言います。俺のチケットは、あらかじめインターネットで購入したもので、確かにE-ticketとパスポートの両方がないと乗車できないとチケットの注意書きにあったので、彼の言う通りなのかと思い、ついていきました。
駅の2階に行くと、確かに外国人用窓口らしきものがありましたが、灯りはついておらず、誰もいませんでした。“怪しいな”
俺はここで初めて、この男性が怪しいと感じました。彼はその場にいた別の男性に何事か話し、笑顔で去っていきました。すると今度はその男性が同じ様に、
『チケットを見せてください。・・・、このチケットにはインド国鉄のスタンプが無いので、これでは不十分です。
受付でスタンプをもらって下さい。こちらです。』
とまた別の場所へ誘導します。その間に彼はさり気無く、俺のチケットを胸のポケットに入れました。
俺は疑い始めていたので、すかさず、
『チケットを返して下さい。自分で持ちます。』
とチケットを取り返しました。
彼は駅の外に出て、更に敷地から外に出ようとします。
“完全に怪しい!!!”
『その受付はどこですか?駅の外にあるとは思えませんけど。』
『駅の隣に予約センターがあって、そちらです。大丈夫です。心配しないで下さい。』
と彼は答えます。
信じて・心配しないで、インドで見知らない人に話しかけられて、最も信じてはいけないキーワードが出ました(笑)。
俺は彼を無視し、再び駅に戻り、先程入ろうとしたゲートから中に再び入りました。
先程のスーツの男性はいませんでした。
中にはインド軍の兵士がいて警備していたので、先程言われた件を確認すると、そんな必要はなく、問題なく乗車できると言われました。
やはり先程の連中は偽者でした。
よく考えると胡散臭さ満点でしたが、あの時は面食らって少し信じてしまいました。悔しい!!!

信じてしまった原因としては、
?俺のチケットは乗車に際し本当に身分証明書も必要で、窓口や旅行代理店で購入したチケットとは違っている点。
?スーツを着ていて、押し付けがましくなく、すぐに去って言った点。(恐らく数人で組んでおり、仲間に引き継いで去って行ったと思われる。)

疑った点として、
?IDカードなど、何も持っていなかった(と思う。確認すべきだった・・・。)
?連れて行かれた改札が閉まっていた。
?2人目の男性が暗い廊下にいたこと。(駅員なら、そんな暗がりでわざわざ待たないだろう。)
?次々と誘導し、徐々に駅から離れて行く点。
が挙げられる。

恐らくそうやって連れ回して、電車に乗り遅れさせ、結局彼らの旅行会社で法外な値段のチケット購入させられる、羽目になるのではないかと思われます。憶測ですが。まぁ、良い方には転ばないでしょう。

いやぁインドは気が抜けませんね。どこに罠が潜んでいるかわかりません。
本当に人間不信になります(笑)。

そんなこんなんで、まずデリーからジャンシィーという駅まで電車で移動しました。最初の目的地カジュラーホーは更にバスを乗り継いで、5時間程の所です。
ジャンシィー駅で知り合ったカナダ人と一緒にオートリキシャに乗り、バスターミナルまで行きました。
またここで執拗な客引きに揉まれ、やっとのことでカジュラーホー行きのバスに乗車。
中は無数の蝿・・・・。本当に無数。耳元でブーンブーン、汗まみれの俺の全身に集り、途中で追い払うのを諦め、蝿さんの好きな様にさせてあげました)。
更に猛烈な暑さと、うんko臭・・・。どんどん人が乗り込んできて、2人掛けの席に4人座り、更に立つ人多数。
運ちゃんは煙草プカプカ、痰ペッペッ。時々俺の足に、熱い灰生温かい液体が降ってきます・・・・。

恐るべし、インドローカルバス

そんなバスに5時間揺られ、やっとカジュラーホー到着。
しかし、安心する間もなく、再びインド人との戦いです。
俺とカナダ人のマキシムを宿の客引きが速攻囲みます。
ピーチクパーチク、ピーチクパーチク、ピーチクパーチク、ピーチクパーチク、ピーチクパーチク、

遂にマキシムが走り出しました。俺も慌てて逃走です。途中で後ろを振り返ると、走って追いかけてくる人・自転車で追いかけてくる人・バイクで追いかけてくる人、人人人・・・・・。
マキシムが笑いながら、悲鳴をあげています。
インドまじスゲェ~~~~~~~~~~~~ウザイ(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)。

彼らも仕事で必死なのもわかりますが、毎度毎度でご馳走様です。ホント。

そんなエキサイティングな1日だったので、少し疲れたのか、夜はとても良く寝れました。

[ 2008/06/30 01:42 ] 旅行道中編~India | トラックバック(-) | CM(0)
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