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08/26  さらば、ルワンダ 

今日午後の飛行機でナイロビに帰ります。
僅か6日の滞在でしたが、ルワンダ、本当に良い人が多くて好きになりました。

昨日、市の中心部から宿まで帰るのに、バイクタクシーの人と値段交渉していました。
恐らく現地価格は300ルワンダフラン、約60円ですが、その運転手は500フラン、100円だといいます。
たかだか、40円の違いですが、これも悲しい性、
『高過ぎる!!』
と粘っていると、数人の人が来て、どうしたんだと尋ねてきます。俺が事情を話すと、
『そこまでなら300フランだよ。高過ぎる。』
といって、運転手にイチャモンつけ、代わりに交渉し始めてくれました。

もの凄い剣幕で怒っています。
運転手も、必死です。

ここルワンダでも、ガソリン価格の高騰は大問題で、レギュラーは200円以上します。
対して、彼らの平均収入は日本よりはるかに低い。
それを考えると、運転手に同情的にもなり、結局400フランで彼に頼むことにしました。

交渉してくれた人は最後まで、高いと文句を言ってくれましたが、この様に現地の人に助けてもらうのは初めてのことだったので、とても嬉しかったです。

いやぁ、これを言うのも何回目でしょうか。

ルワンダ、本当に良い人が多い!!!!

これは間違いありません。俺の中で揺るぎません。

今朝ケニアのコーチ達に別れを告げ、これから空港に向かいます。
急がないと乗り遅れるので、この辺にしますが、次はどこで更新できるでしょう。

最後におまけの写真。今朝道端で会った、ルワンダチームの自転車の選手達です。
もちろん彼らもまた、とてもフレンドリーでした。
キガリにて キガリにて キガリにて 

また、いい思い出が出来ました^^。


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[ 2008/08/26 18:40 ] 旅行道中編~Zambia/Malawi/Tanzania/Kenya | トラックバック(-) | CM(3)

08/25  アフリカ人の身体能力恐るべし。 

一昨日同じホテルに泊まっている人と、ふとしたことで話す様になりました。
ケニアから来ているという彼は、団体さんのうちの1人で、2週間ほどここに滞在すると言います。
なんでも学校の先生で、生徒を引率してきているんだとか。生徒はYMCAに泊まり、先生達がここに泊まっているそうです。
その時は他愛も無いことを話して終わり、たいして気にも留めませんでしたが、今朝彼らと会った時にびっくりしました。
みんなケニア代表ジャージを着て、気合い満々です。揃いも揃って、みんな同じジャージなので迫力があります。
キガリにて


詳しく聞いてみると、彼らはケニアユース代表チームのコーチ達で、毎年8月にケニア、タンザニア、
ルワンダ、ウガンダ、スーダン、ブルンジの6ヶ国対抗ユース選手権があり、今年はキガリ開催のため来ているそうです。
サッカー、ラグビー、バレーボール、ハンドボール、バスケットボール等の球技競技全般を行う為、
多くのコーチが宿泊しているそうです。
当然、生徒たちは皆将来のオリンピック候補だそうです。


彼らが、
『良かったら見に来る?』
と誘ってくれたので、今日は将来のオリンピック候補達のプレーを見に行ってきました。
郊外のグランドまでは、ローカルの交通手段バイクタクシー。
前を走っているのがそのコーチです。ただのおっさんです(笑)。
キガリにて


会場は、地元の高校でした。
ユース代表にも関わらず、日本と比べると決して恵まれた試合環境ではありませんでしたが、プレーの質はさすが!!!!
アフリカ人の身体能力の高いこと、高いこと。ジャンプ力はあるわ、俊敏性は凄いわ、反射神経は鋭いわ(笑)。2m近い子がものすごい速さで目の前を駆け抜けていきました。
キガリにて キガリにて 

これはネットボールと呼ばれる競技で、日本で言えば、バスケットボールとポートボールを足して2で割ったような感じ?
キガリにて キガリにて 

こちらは、バスケット。レベル高い!!!!早いし、高いし、見ていて一番興奮しました。
キガリにて キガリにて 

続いて、バレーボール。ジャンプ力半端ない・・・。腰が頭の位置まで上がります。そして、風で軌道が変わっても空中で対応します(笑)。
キガリにて キガリにて キガリにて キガリにて 

[ 2008/08/25 22:04 ] 旅行道中編~Zambia/Malawi/Tanzania/Kenya | トラックバック(-) | CM(0)

08/25  写真の更新です。 

やっと写真更新できました。実は最近思うようにアップロードできず、諦めていたのですが、今日は日曜日だからかインターネットアクセスが好調でスムーズに出来ました^^。

まずは、ダルエスサラーム行きのフェリーから見た、ザンジバル島のストーンタウンの写真です。良い所だったなぁ。また、絶対行くぜ!!!
ザンジバル島にて



続きまして、タンザニアのモシの写真です。ここはキリマンジャロ(5895m)登山基地の町として有名です。
2日滞在しましたが、キリマンジャロは常に雲に覆われ、早朝に僅か数十分見れただけでしたが、赤道直下のこの場所で見た山頂の雪は印象深かったです。
モシにて モシにて モシにて モシにて 

モシ⇔アルーシャ間は、ローカルバスに乗りましたが、これが超満員の上、写真の様に席の間隔が狭すぎる(笑)。ひたすら耐えた2時間でした。
アルーシャにて


その後乗り継いだダラダラ(乗り合いミニバン)は更に超満員(笑)。前後に人と荷物が立ち塞がり、俺の膝の上には他人の荷物が・・・・(笑)。しかも当然のように置かれました(笑)。
アルーシャにて アルーシャにて 

食事は、地元の民家レストラン?で。地元のオバちゃん達と片言のスワヒリ語でコミュニケーション。ジャンボ~~!!!
アルーシャにて アルーシャにて アルーシャにて 


8月17~19日の3日間、マサイマラ国立保護区にサファリツアーオプション参加。
気球サファリを体験。気球は気流の関係で早朝しか飛べないらしく、朝4時出発。眠い・・・。
しかし、景色は最高!!!!眼下には無数のヌーやシマウマ、インパラ、ガゼルの群れ、そしてあの日の出は忘れられません。
マサイマラ マサイマラ国立保護区にて マサイマラ国立保護区にて マサイマラ国立保護区にて マサイマラ国立保護区にて 

ライオンはあまりの暑さにぐったりです。サファリカーの僅かな日陰を求めて移動。
車の下に潜り込んだので、サファリカー動けず(笑)。
マサイマラ国立保護区にて 

車が移動した後は、アフリカの強烈な日光に再度ダウン。
マサイマラ国立保護区にて マサイマラ国立保護区にて マサイマラ国立保護区にて 


マサイ族の村も訪れました。牛の糞で出来た家にもお邪魔しました。一緒に参加したオーストラリア人のおばちゃんダウンしてました。
マサイマラ国立保護区にて マサイマラ国立保護区にて 

マサイ族の女性による歓迎の歌とダンス。みんな嫌々やっているのがウケる。
マサイマラ国立保護区にて マサイマラ国立保護区にて マサイマラ国立保護区にて 

火起こしのデモンストレーション。数分で着火。さすがです。
マサイマラ国立保護区にて マサイマラ国立保護区にて 

そして最後は、マサイの戦士と最近の俺。
マサイマラ国立保護区にて マサイマラ国立保護区にて マサイマラ国立保護区にて 
[ 2008/08/25 02:54 ] 旅行道中編~Zambia/Malawi/Tanzania/Kenya | トラックバック(-) | CM(0)

08/24  ルワンダの朝食 

今はキガリ市内中心部から徒歩で20分ほど下った所にあるホテルに泊まっています。
宿泊者は、ルワンダ人か近隣諸国の人達で、ホテル周囲の雰囲気もツーリストエリアではなく、完全現地。
裏にはイスラム教のモスクがあり、1日5回朝は4時半過ぎから、ガンガンコーランの放送が流れます。
そして表を歩けば、どこに行っても、何をしても注目を浴びます(笑)。
アジア人おろか、観光客と思われる人にさえ全くお目にかかりません。


今朝は散歩がてら近所の繁盛しているレストランに行きました。
中に入ると、みんな一斉に俺の事を凝視しています。
こいつは何者だ、と言わんばかりに食い入るように見つめてきます。
海外では大抵そうですが、みんな全く遠慮無しで思う存分、堂々と正面から直視してきます。
もう慣れました(笑)。
こんな髭面でよければ、満足するまでどうぞご覧下さい、です。

メニューボードは字が消えかけ、何語かもわかりません。
『マラ・モチィー(Hellow)。』
俺が即席のルワンダ語を披露すると、店員さんは嬉しそうに笑顔で、
『マラ・モチィー!!』
と返してくれました。
英語は通じず、他の人が食べているものを観察し、指差し注文です。
そこで何を食べているのか観察すると、みんなチャパティーというインドパンと豆煮込みを食べています。
どうやらこれがルワンダ流朝御飯の王道のようですね。
アフリカではかなりインド料理が浸透していて、やっとアフリカに来たのに、相変わらずインド料理を時々食べています(笑)。

俺はそれらを指差し、
『モジャ、ンビリ・チャパティー(豆煮込み1つと、チャパティー2枚)。』
と注文します。更に卵を見つけたので、指差しながら、
『モジャ(1つ)。』
と追加注文。目玉焼きの両面焼きを注文したかったのですが、通じず・・・。彼に任せました。

10分程待って、薄く焼いた卵焼きとチャパティー、豆煮込みが出てきました。
食べてみると、味が少し薄い。そこで、
『ソルト&ペッパー、プリーズ。』
さすがに分かるかなと思い頼むと、店員さん??????ってな顔してます。



おーまい・ぐっどねす・・・。



俺は塩を卵焼きに振りかける仕草をしますがダメです。そこで、手のひらにのせて、舐める動作をし、
酸っぱそうな顔をして彼を見ると、笑いながら頷いています。



やった!!通じた。



待つこと数分して出てきたのは、



ティッシュペーパー^^!!!!!



おーまい・ぐっどねす・・・。



どうやら、“鼻をかみたい。ペッパー⇒ペーパー”となったようです^^;。



違う違う!!!!塩だよ塩!!!!
必死にアピールすると、やっと塩が出てきました。



小瓶3つ。



おーまい・ぐっどねす・・・。
そんなに使ったら、高血圧更に進行しちゃいます。


結局最後まで胡椒は通じませんでした。
しかし途中から周りの人達も参加して、みんな理解しようと努力してくれました。
ガヤガヤ相談しては、違うものを持って来て、俺が違うとジェスチャーすると、またガヤガヤ相談⇒違うものを持って来る、の繰り返し(笑)。しまいには、バナナまで持って来ました。
どう考えてもペッパーとバナナは関係ないと思うんですが、向こうもフザケ半分、
何でも持って行ってやれ!!状態でしょう(笑)。
そうやってお互い笑いながら、何とか通じようと努力する。
とても朗らかな雰囲気でした。


朝飯食うにも一苦労ですが(笑)、そうやって現地の人と関わるのが楽しいんですよね。
言葉は通じなくても、そういった現地の食堂では、損得勘定の無い彼らの優しさを感じることが出来ます。
そして俺が同じものを食べて、美味いとジェスチャーすると、また嬉しそうに笑う。
大抵そういう店は値段も安いので、一石二鳥です。

道を歩いていても、お年寄りから子供達まで、
『ハロー、ボンジュール!!』
と挨拶してくれます。最初は何かの勧誘かと思い警戒していましたが、みんな純粋に俺に興味を持って、ただ単に話したくて来ているようです。少し話すと満足そうに帰って行きます。
中には写真を撮らせてと頼まれ、ちょっとしたスター気分を満喫させてもらいました(笑)。
アジア人は珍しいようです^^。



そんな感じで、適当にぶらぶら歩いては、彼らとの会話を楽しんいる数日です。
明日こそは胡椒をゲットし、ご報告します(笑)。

[ 2008/08/24 23:29 ] 旅行道中編~Zambia/Malawi/Tanzania/Kenya | トラックバック(-) | CM(0)

08/23  ルワンダという国 

皆さん、ルワンダという国をご存知ですか?
アフリカ大陸を頭の中に描いた時、ルワンダがどこにあるかわかりますか?
正式名称はルワンダ共和国。
アフリカ中東部に位置し、ウガンダ、タンザニア、コンゴ民主共和国、ブルンジ、そして有名なビクトリア湖と接している小さな国です。
“Land of a Thousand Hills(千の丘の土地)”、“Land of Eternal Spring(永遠の春の土地)”と形容される程、
国土の大半を丘や山が占め、緑豊かな起伏に富んだ美しい国です。

8月21日俺はナイロビからルワンダの首都キガリに飛びました。
着陸前機内からみたキガリ市内は、太陽光によって赤茶色になった土がむき出しの丘に、家々が密集して立ち並び、その光景を見た俺は自分自身がとても興奮しているのを自覚しました。


“ついに来たんだ、ルワンダに!!”


飛行場も僅かにある平地に作ったのでしょう、滑走路は1本だけで、着陸した飛行機はそのまま滑走路上でUターンし、小さなターミナルに到着しました。
首都の国際空港といっても、ターミナルビルは一つだけの、日本の地方の空港より遥かに小さな空港です。
ちなみに、事前にビザを取得していなかった俺は、入国審査官にその事を厳しく詰問され、一時入国を拒まれるというハプニングに遭遇しました。幸運なことに、ひたすら謝り倒し、無事入国することができましたが、今後ルワンダに行こうと思っている人がいましたら、事前にビザを取得しておくことをお勧めします。今年の最新のガイドブックに、空港でアライバルビザが取れるとありますが、変更になったようです。



さて本題、何故このマイナーな小国に行きたいと思ったか。



俺は去年暇つぶしに借りた映画“ホテル・ルワンダ”で、この国で1994年に起こったおぞましい出来事を知りました。この映画はかなり有名で、観たことのある人も多いでしょう。
一応、観たことのない人の為に簡単に説明します。(必見、お勧めの映画です^^)。

ルワンダは主に、フツ族とツチ族という2つの民族で構成されています。(似たような名前でややこしいのでわかり易く色分けしますね、笑)。
人口の大半はフツ族が占め全人口の85%、対するツチ族は14%です。
しかし、その昔この国を統治していたドイツ、ベルギーは少数派のツチ族を優遇し、ツチ族の首長を介した植民地支配を行いました。
第2次世界大戦後、アフリカ各地で独立の気運が高まると、ツチ族支配に不満を持つフツ族は強く抗議するようになり、フツ族ツチ族という民族対立が鮮明化してきます。
そして1959年最初の暴動が起こり、翌60年ツチ族の国王が追放され、数十万人のツチ族が隣国ブルンジに逃れました。
そして、1962年ベルギーから正式に独立を果たすと、今度はフツ族出身のカイバンダが大統領に就任します。63年ブルンジに逃れたツチ族難民が反乱軍としてルワンダに侵入し、結局その反乱は鎮圧されますが、その報復として多数のツチ族が虐殺されます。
1973年、同じくフツ族出身のハビャリマナが無血クーデターに成功し、カイバンダを追放、大統領に就任しますが、彼はツチ族に対し穏健な態度で臨み、ルワンダに束の間の小康状態が訪れます。
その後、ウガンダに逃れていたツチ族難民がルワンダ愛国戦線(RPF)を結成し反乱を起こしますが、他国の仲裁でルワンダ政府とRPFの間で和平協定が結ばれ、複数政党による民族和解暫定政府が発足します。
しかし、1994年ハビャリマナが乗った飛行機がキガリ近郊で撃墜されます。
今ではこれは、穏健派のハビャリマナに不満を持つ過激なフツ族によって企てられたものだろうと考えられていますが、当時フツ族ツチ族による犯行だと主張し、このハビャリマナの死をきっかけに、一気に民族暴動が誘発され、フツ族によるツチ族の大虐殺が起りました。
当時ルワンダに駐留していた国連平和維持軍は、民間人を保護する権利が与えられていないという理由で、虐殺を傍観し、その為わずか数ヶ月で80万人以上の人々が殺されます。全人口の4分の1がこの間で殺されます。
ただ出身部族が違うという理由で、昨日まで仲のよかった隣人同士が殺しあったのです。中にはフツ族の夫がツチ族の妻を殺すという、夫婦間の殺害もあったそうです。

そんな絶望的な状況の中、キガリあるベルギー資本のホテル、ホテル・ミルコリンズの総支配人で、フツ族出身のポール・ルセサバギナは、妻も含め多くのツチ族の人々をホテル内に匿い、その命を救いました。
ホテルには国連軍が駐留しており、その為政府軍やインテラハムエ(フツ族の若者によるギャング集団)は敷地内に侵入してこず、ツチ族の人々にとってホテルは無法状態のキガリ市内において限られた“希望の場所”だったのです。
映画“ホテル・ルワンダ”はそんな、自らの命の危険をかえりみず、多くの人々の命を救った彼に関する映画で、ホテル・ミルコリンズが舞台です。



俺はこの映画を観て、彼の勇敢な行動に感動するというよりも、俺自身が中学生だったわずか14年前にこの様なおぞましい出来事が起こったということ、また全くその事実を知らなかったことに大きな衝撃を受けました。



今のルワンダを見てみたい!!!!フツ族ツチ族の人々は今どうなのか????



それが、俺がここに来た理由です。



昨日は、キガリ・メモリアルセンターという虐殺に関する博物館に行ってきました。
凄惨な過去が嫌というほど展示してありました。
生存者の証言ビデオや、モザイク無しの死体写真、鉈で人を殺す映像、犠牲者の骨・衣服、
エイズとわかっていたフツ族男性にレイプされ、HIVに感染し苦しんでいる人の写真、etc。
数ヶ月で十数万人ものツチ族女性がフツ族男性にレイプされたそうです。
そして、この博物館の土地には25万人もの犠牲者が埋葬されています。

“Never Again(決して繰り返してはならない)”をスローガンに、過去に目を背けることなく、暗い過去から学び、明るい未来を築こうという主旨の博物館ですが、ある生存者は言います、
『皆さんは彼らを許してあげてというかもしれない。けれど、そう簡単に私は彼らを許すことは出来ない。彼らは私から全てを奪った。希望を、家族を。
許すという【美談】ではない、許さないという彼らの【本音】。
やはり、今でも民族間のわだかまりは続いていることを感じました。
悲しいことですが、当然と言えば当然なのかもしれません。
愛する家族を目の前で凌辱され、残酷なやり方で殺された過去。
只の傍観者である俺は、被害者であり経験者の彼女の気持ちを【察する】ことしかできません。
彼女の苦しみは彼女にしかわからないのです。


宿に帰って、思い切って経営者に質問してみました。
当時キガリにいたと言うその経営者は、市内の至る所で、殺戮があったと言っていました。
今俺が泊まっている宿の周辺でもあったと言います。俺が歩き回っている道にも何人もの死体が放置されていたそうです。
彼はコンゴ人であるが故、難を逃れたそうですが、もう数え切れないほどの死体を見たそうです。
そして、フツ族ツチ族の区別は簡単につくそうです。外見に大きな違いがあると彼は言います。


俺には、フツ族ツチ族の区別なんかつきません。みんな同じルワンダ人です。
目の前に立っている人がどちらの部族の人なのかわかりません。
14年前ということは、中学生以上の人々はこの虐殺を体験しているわけです。
目の前で今微笑んでいる人の顔をまじまじと見て、
“この人はフツ族orツチ族?”
“もしフツ族ならこんな優しい顔して、14年前人を殺していたのかな?それとも殺さずとも、周りの仲間が殺すのを見ていたのかな?”
“もしツチ族なら、身の回りの人を失ったのかな?”
と考えてしまいます。


今日はキガリ市内から30km程離れた町にある、2つの虐殺博物館に行きました。
当時教会には僅かな希望を持って、多くのツチ族の人々が逃げ込みましたが、フツ族はそれを知っていて教会に押しかけた為、多くの教会で虐殺が行われました。
2つの博物館はまさにそういった教会を博物館に変えたものですが、博物館といっても、薄暗いボロボロの建物に、被害者の遺骨と衣服が並べられてあるだけの、ほとんど手の入れられていないものでした。中に入るのが躊躇われるほど、異様な雰囲気を感じました。
係員に聞くと、この教会で1日で1万人もの人が殺されたそうです。その女性は当時10歳でしたが、その虐殺を経験したと言っていました。




しかし、その道中は綺麗な景色が続き、道端の人々は笑顔で手を振ってくれたりと、平和そのものでした。博物館の外でも、すぐに小さな子供が物珍しげに集ってきて、
『ハロー!!ボンジュール!!』
と、笑顔で話しかけてきてくれます。世界万国共通、子供の笑顔には癒されます。


今のルワンダからは、その昔恐ろしい出来事があったとは到底考えられない程平和を感じます。
人々はフレンドリーで親切だし、ルワンダ人同士も皆仲良さそうに見えます。
俺にはギクシャクとした人間関係が見えてきません。
本当にみんな素敵な笑顔なんです。
俺的には、今のところフレンドリーNo,1じゃないでしょうか。
俺はこの国が気に入っています。旅行者として、純粋に楽しんでいます。
物価も安いし、治安も良いし、何よりも人々がとてもフレンドリー。
いや、本当に笑顔が素敵なんですよ。



だからこそ、そんな彼らの今の笑顔と、凄惨な過去と生存者の怒りが、俺の中でピンときません。見事なまでの対極。



何故?何故?何故?何故?



彼らのその笑顔はただ単に仮面なのか、それとも本当の笑顔なのか。
もし心底笑顔ならば、人間には恐ろしい残酷性が潜在的に潜んでいるのかと考えてしまいます。




結局何もわかりません。



帰り際1枚のCDを買いました。
【We must be one. Rwandan survivors sing for Darfur SUDAN.】
生存者達が、スーダンのダルフールで起きている虐殺の為に立ち上がり、平和を歌う曲です。



今彼らの声を歌を聴きながら、書いています。



そして、このインターネットの店員さんもみんな素敵な笑顔です。

[ 2008/08/23 19:46 ] 旅行道中編~Zambia/Malawi/Tanzania/Kenya | トラックバック(-) | CM(0)
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