--/--  スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

10/27  意見求ム!!  

またもや、しょーもない内容です^^v。



勘のいい方は気づいたかもしれませんが、1ヶ月前に髪きりました。
やっぱり我慢できなかったです。エジプトの猛暑もあり、ギブアップ・・・。
ロン毛の夢はと消えました。

カイロの床屋に飛び込み、昔の写真を見せて、バリカンを指差し、“坊主にしてくれ”とゼスチャー。
親父も満面の笑みで頷いています。




“ウィーーーン”




久しぶりに聞く気持ちの良いバリカンの音。
もう最高です^^。
そして、俺はあまりの気持ち良さにあっという間に深い眠りの中に・・・Zzz・・・。






“誰か髭触ってる。”



“そんな筈はない。夢だ、夢。”




“でも確かに、誰か触ってる。”




“だって、俺は今エジプト一人旅。そして、今床屋・・・・。”




“・・・・・・、!!!!!!”




“Noooooooooooo!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!”




慌てて目を開けると、時既に遅し。



鏡に映る俺の左側半分の髭が綺麗に整えられています。そして、逆サイドには満面笑顔の親父。



『お前、何勝手にやってんだ!!!頼んでないだろ、コラッ!!!この髭は思い出なんじゃい!!!どうしてくれるんだ!!!』
と怒りの抗議をするも、親父は
『見栄えが良くなった。Good^^。』




・・・・。がっくりです。




更に親父は勝手な整髭を終えると、
『散髪代が30ポンドに、20ポンドね^^。』





ぷっちーーん。




カンカンカーン。




Round1 Fight!!!!




“ぶっ殺すぞ。親父^^”




『頼んでもいないのに、お前が勝手に刈ったんだろ。俺の思い出どうしてくれるんだ。ふざけるんじゃないよぉぉぉぉ!!!!!』



『気持ち良さそうに寝てたから、起こさなかったんだぞ!!こっちの方が見栄えいいだろ!!』




“何、ヘラヘラ笑ってるんだ!!!”
『そんなところで変な遠慮するくらいなら、勝手に切るなよ。起こせよ!!!!!!いいか、俺は30じか払わないからな。』



そう言い放ち俺は30ポンドだけ無理やり渡して、店を飛び出したというわけです。




その後は数日間は傷心で、気力失っていました。




一応、その後は剃らずにいるのですが、もうスッキリしません(笑)。
中途半端・・・・。




そこで、皆さんに伺いたいです。


この髭、
切るべき???



Or




残すべき???




本当にしょうもないことですが、悩んでおりまして(笑)。
中東では得することの多かった顎髭ですが、これからヨーロッパに入ると逆に面倒になることもあると聞きます。パスポートに中東の国のスタンプが多く、容貌がその様だと、運が悪いと入国時のチェックが厳しくなるそうです。




どうしよう・・・???




皆さんからの意見をお待ちしておりまーす。







スポンサーサイト
[ 2008/10/27 01:43 ] 旅行道中編~Egypt | トラックバック(-) | CM(1)

10/04  エジプトも残り僅か!! 

カイロに戻ってきてからは、Old Cairo(カイロ市内でも歴史の古い地区、カイロ発祥の地)やHelwanという郊外の町を訪れたり、日帰りで港町アレキサンドリアに行ってきました。

オールド・カイロは、コプト教というキリスト教の一派の本拠地で、コプト教博物館や修道院が集っています。イスラム教徒が大多数を占め、街中至る所にモスクがあるエジプトにあって、ここは唯一キリスト教色の強い地域です。
道端では、警察官や兵士が防弾ガラスを手に警備にしており、少し物々しい雰囲気がありました。
詳しくは知りませんが、コプト教はキリストの人性より神性を尊ぶ“単性論”を唱え、5世紀半ば他のキリスト教派から異端視され、その後別々の歴史を歩んでいる過去があります。
また、3~12世紀にかけてコプト教徒が残した美術は“コプト美術”と呼ばれ、古代エジプト・中近東の文化の影響も受けた独特の様式を持ち、特に織物・彫刻・フレスコ画に数多くの傑作が残っています。博物館にはこれらの作品が展示してありましたが、特に目がぱっちり見開いた、どこか愛嬌のある壁画の数々は印象に残っています。(エジプトの見所はほとんどがそうですが、撮影禁止の為写真はありません・・・)
IMGP6618 IMGP6619 


Helwanはカイロ中心部から地下鉄で30~40分程の所にある郊外住宅地です。宿でバイトしているカイロ大学の学生と仲良くなり、彼の案内で町中をぶらぶら散歩しました。
町はラマダン終了後の3連休とあって、大変なお祭り騒ぎで、道端には出店や出張遊園地が開かれ、子供達が走り回り、老若男女問わず多くのエジプト人が休日を満喫していました。
Helwanには、昭和天皇が皇太子時代にエジプトを訪問されたことを記念して造られた日本庭園があるのですが、当時エジプトに日本建築を知る人間がいなかったので、代わりにイタリア人と中国人によって作られたそうです。彼に連れて行ってもらいましたが、どこか中国庭園の様な印象でした(笑)。あれは日本庭園ではありませんね^^。
庭園は現地のエジプト人にとって憩いの場らしく、多くの家族連れで賑わっていましたが、子供達が大仏様に跨って遊んでいたのにはつい笑ってしまいました。彼らは今自分が跨っている物が何か全く知らないのでしょう(笑)。ちなみに40体ある大仏像は、現地人には何故か“40人のアリババ”と呼ばれているそうです(笑)。
IMGP6699 カイロにて カイロにて カイロにて カイロにて カイロにて カイロにて カイロにて IMGP6710 



アレキサンドリアは地中海に面したエジプトの港湾都市で、かつて絶世の美女クレオパトラが住んでいた町です。古くから交易で栄え、昔の建造物が今も町中に点在して残っています。
ここはエジプトの中でも景観が美しいことで有名ですが、確かに言われてみると、道端のゴミも少ないし、どこかヨーロッパの雰囲気もある様な気がしました。
昼食はもちろん地中海の海の幸をいただきました^^。
カーイトゥーベイ要塞から見たアレキサンドリアの町並みは良かったです。
IMGP6679 IMGP6682 IMGP6683 IMGP6684 アレキサンドリアにて アレキサンドリアにて アレキサンドリアにて アレキサンドリアにて アレキサンドリアにて アレキサンドリアにて アレキサンドリアにて アレキサンドリアにて 




そして今日、ローカルバスに8時間揺られ、カイロから紅海に面したヨルダンとの国境の町ヌエイバにやってきました。朝見事に寝坊し、バスに乗り遅れ、予定より4時間ほど遅れて到着。ここは観光客も少なく、物価も安い為、エジプト人に人気があるらしく、ラマダン後の連休ということもあり、今泊まっている宿にも多くのエジプト人家族がいます。

今後の予定ですが、シナイ山登山は時間が無いのと費用が高いので諦めました(ToT)。
またヨルダン行きのフェリーは遅れたり欠航が日常茶飯事ということなので、明日ここでビーチで寛ぎながらリラックスした後^^、明後日ターバというイスラエルとの国境の町に向かい、イスラエル入国⇒エルサレムまで北上し、時間と相談してですが、テルアビブやハイファといった港町を見、そこからヨルダンに入る予定です。
その後インディージョーンズ最後の聖戦で有名なぺトラ遺跡を観光したら、空路キプロスという地中海の島国に行き、その後ギリシャへと向かいます。
明後日からまた慌しい旅程になりそうです。
それでは、以上簡潔なご報告でした。

[ 2008/10/04 05:48 ] 旅行道中編~Egypt | トラックバック(-) | CM(0)

10/01  帰ってきました。 

皆さんお久しぶりです。今日ルクソール・アスワンの小旅行からカイロに戻ってきました。

アブシンベル宮殿、良かったです。わざわざ1泊して見た、音と光のショーは見応え十分。
素晴らしかったですね。
アブシンベル宮殿は、もともと別の場所にあったのですが、アスワンハイダムという巨大ダムの建設時に水没の危機に直面し、ユネスコの呼びかけで、宮殿をそのまま現在の位置に大移動した過去があります。

アブシンベルに向け、アスワンを出発したのは朝の4時前。治安上の問題で、アブシンベルに向かう
全ての観光車両が一度、軍関連施設に集合し、軍の護衛を伴って連なって向かいます。
世界最大の人造湖ナセル湖に沿ってさらに南下し、スーダンとの国境から僅か数十kmの所に
アブシンベル宮殿と町はあります。北回帰線を再び越え、熱帯地域へ逆戻りです。
アブシンベルを訪れる観光客の大半は数時間の滞在で再びアスワンに戻ります。その為アブシンベルには宿が4つあるだけで、それ以外にはありません。泊まる人は、恐らく皆夜の音と光のショー目当てでしょう。
俺は混雑を避け夕方宮殿に向かいましたが、徒歩で30分ほどのその道のりは、日中の強烈な日差しも幾分和らぎ、とても心地良いものでした。
観光客皆無の、夕日に輝く静かな田舎町を一人歩くのは、なかなか旅人風情があり、それだけでも
十分満足できるほどでした。
アブシンベルにて アブシンベルにて アブシンベルにて 



宮殿に着くとなんと、10分遅れで閉門していました。夜のショーが始まるまで3時間弱あり、
再び片道30分の道のりを歩くのも億劫なので、併設してあるカフェに入りました。
スペイン人と思われる集団がいるだけで、朝の喧騒が嘘のように静かです。
カフェの従業員も陽気で、すぐに話しかけられ、時間も持て余していたので、彼らとの会話を楽しんでいました。そのうちの一人が俺のカメラに興味を示したので、貸してあげると、前回紹介したセクスィー軍団の写真を見て大興奮(笑)。拡大してオシリを食い入るように見つめ、静かに一言。
『Spanish lady is so nice....』
彼の、その人目も憚らない好奇心は、戒律の厳しいイスラム圏にあって、余計印象に残っています(笑)。
王妃に捧げるアブシンベル小宮殿を造ったラムセス2世といい、彼の態度といい、
異性への探求・興味・欲求(笑)は、いつの時代も、そしてどこの国も変わりありませんね^^。
(無理な付会でしょうか、笑)


そして6時前のアザーンがアブシンベルの町に響き渡り、彼らは待ちに待った食事の時間です。
俺も食事処が近くに無く困っていたのですが、彼らが親切にも混ぜてくれることになりました。
いつもの様に、タヒーナという胡麻のペーストにトマト味のシチュー、ライスにパン。
美味しいんですよね、これが^^。朝からろくに食事も取っていなかった俺は最後まで食べ続けました(笑)。

そうこうしているうちに、夜8時。音と光のショーのスタートです。
特設席につくと、目の前には漆黒の闇の中で異様な存在感のアブシンベル宮殿。
ショーが始まると、宮殿を造ったラムセス2世の時代を中心にした歴史絵巻の様なストーリーが展開します。イヤホンで日本語音声を聞きながらなので、日頃のストレスもなくスムーズに頭に入ってきます。
岩山自体をスクリーンにみたて、プロジェクターで映し出し、もはや巨大な屋外映画館です。
いやはやそのスケールのでかいこと、でかいこと(笑)。
皆さんもチャンスがあれば、是非ここで一泊し、音と光のショーを見て下さい。
これは激お勧めです!!
アブシンベルにて アブシンベルにて 


そういえば、ここでも一部西洋人の自己中ぶりが発揮されました(笑)。
それぞれスペイン人とフランス人の御団体さん。上映前にあれだけフラッシュ撮影をしない様にガイドがお願いしていたにも関わらず、始まるや否やフラッシュの嵐。
フラッシュの度に目が眩み、一瞬見えなくなります。席から宮殿まで百メートル程度距離があり、
そもそもフラッシュの意味無いのに、みんなフラッシュたいています。
俺はバンコクのムエタイ会場での一件に懲り、時々振り返り睨みつけるだけでしたが、
同様に彼らにあからさまな不快感を示していた隣のドイツ人夫婦の奥さんが、
『Please don’t use flush!!』
と叫んでいました。まぁ案の定効き目無しでしたが(笑)。
彼らのうちの一人は俺の前を通った時、誤って俺のサンダルを引っ掛けて持って行ってしまったのですが、なんと遠くから蹴って返してきました。考えられませんね。品位もなにもありません。
さすがに怒るところだったのかなぁと思いますが、ショーの直前だし、くだらないと思い止めました。


アブシンベルにて アスワンにて 

翌日は朝ツアーバスに便乗してアスワンに帰る予定でしたが、その前に朝一に宮殿見学に行きました。
また、これが良かった!!!!
涼しい上に、人が少なく、ゆっくりと宮殿内部を見ることができました。
大宮殿の壁一面にはラムセス2世の勇姿や当時の神々が描かれており、小宮殿には愛妃ネフェルタリを中心に見事な彫刻の数々。

個人的には今のところ、
ギザピラミッド、
ルクソール王妃の谷 アメン~王子の墓の壁画、
アブシンベル宮殿、
が古代遺跡ベスト3です。

こちらアブシンベル大宮殿。
アブシンベルにて アブシンベルにて 

で、こちらが王妃ネフェルタリと、ハトホル神に捧げられた小宮殿。
アブシンベルにて アブシンベルにて アブシンベルにて 

両宮殿を同時に。
アブシンベルにて



そして、宮殿のすぐ後ろにはナセル湖が広がっています。
アブシンベルにて




これは泊まったアブシンベルの宿。
アブシンベルにて アブシンベルにて アブシンベルにて 

アスワンからの帰りは寝台列車に乗りました。2人用コンパートメント。
夕食と朝食付きで、快適でした。もちろん、エジプトビールも!!
寝台列車はやっぱり心がワクワクして少年に戻りますね^^。
アブシンベルにて アスワンにて アスワンにて アスワンにて 

またもや、おまけ(笑)。



ルクソールの宿の兄ちゃん達。良い奴でした。載せてって頼まれました。日本の女の子大好きだそうです。要注意(笑)!!
ルクソールにて ルクソールにて 

あと、アラビア語は右から左に書いていくのですが、なんとhotmailの画面も日本とは左右逆でした!!これにはビックリ。
ルクソールにて


アスワンの夕暮れと、エジプト料理。イスラム教のモスクは夜になると緑色の電飾が灯り綺麗です。
アスワンにて アスワンにて 
[ 2008/10/01 04:21 ] 旅行道中編~Egypt | トラックバック(-) | CM(1)

09/27  ルクソール最終日 

予告通り、今回はルクソール観光についてご報告します。

23日に到着してから丸3日ほど滞在していますが、初日は諸事情により観光せず、市内を自転車で散策し、昨日はナイル川西岸(West Bank)観光、今日は東岸(East Bank)観光をしてきました。

West Bankでは、かの有名な“王家の谷”の他、『田村でも金、谷でも金。』の名言で有名な“王妃の柔ちゃん”でなく“王妃の谷”、エジプト初の女王の“ハトシェプスト女王葬祭殿”、メムノン巨像等を見てきました。

こちらは“王家の谷”。ちなみに王監督の谷じゃありませんよ。
ルクソールにて ルクソールにて ルクソールにて ルクソールにて 


しかし、暑いのなんのって、半端じゃありません(笑)。
ルクソールにて


日なたは灼熱、僅かな日陰は観光客が殺到し熱気で灼熱、何処も彼処も釈由美子ならぬ灼熱地獄。
釈由美子なら喜んで飛び込むのですが・・・。
この暑さの中、この不毛の大地によくまぁこれだけの建造物を建てたなぁと古代エジプト人の気力体力、王の自己顕示欲に脱帽ですね(笑)。
ガイドさんの説明によると、古代エジプトでは死後の世界も存在すると考えられていたので、限りある【現世の生活】よりも、永久なる【来世の生活】に重きを置き、王は競って豪華絢爛な墓を作ったそうです。
王家の谷では、ラメセス1・3世、トトメス3世、ツタンカーメン王の墓を見学しました。
壁には、神に導かれる王や神の姿をした王など、王は神の化身であると考えられていた当時の宗教観がそのままに描かれていました。
ツタンカーメン王の墓では、実際に王のミイラが保管されていました。
死後3千年経って、毎日ひっきりなしに来る観光客を見て彼はどう思っているのでしょう??
俺だったら嫌だなぁ(笑)。まぁいいかっ^^。

ここまで読んで、あれ今日のぽちゃムキン様子がおかしいぞと感じた方、BINGOです。


そうです。
今日やっとエジプトビールに出会えましたぁぁぁぁ!!!!!!

ルクソールにて ルクソールにて 


今、気持ちの良いほろ酔いでございます。
もともとイスラム教では飲酒が禁止されている上、ラマダーン期間中は更に厳しく、どこの店もお酒を置いていません。困っていたところ、宿の兄ちゃんがちゃっかりストックしていました。
早く言えよ!!!!
こちらエジプトのステラビール。味は正直いまいちですが、飲めること自体貴重なので良しとしましょう^^。
アフリカはビール美味かったなぁ。




脱線しましたね。ごめんなさい。
戻ります。

王家の柔ちゃん、もとい“王妃の谷”では、目玉のネフェルトアリの墓は改修中で見れず、
アメンヘルケペシェフ王子とティティ王妃の墓を見学しました。
このアメンヘルケペシェフ王子の墓の壁画が一番素晴らしかった。
俺の中ではルクソールNo1です。
生後6ヶ月で亡くなったアメンヘルケペシェフ王子。父ラムセス3世に連れられて、冥界に向かうその王子の壁画は色彩も豊かでとても美しく、と同時に、先立たれたラムセス3世の無念と子に対する愛情もひしひしと感じられ印象に残っています。
しかし、ラムセス3世様。
お子さんの名前ややこしすぎます・・・。
アメンヘルケペシェフ王子、アメンヘルケペシェフ王子、アメンヘルケペシェフ王子・・・・。
現代人は、みんな舌噛みそうです。
多分これを読んでいる人のほとんどが流し読みしていますよ。

“王妃の谷”。ちなみに王監督の・・・、えっもういいっって??
ルクソールにて ルクソールにて 


こちらはハトシェプスト女王の葬祭殿(そうさいでん)。
でかい、スケールが違う・・・。
ちなみに、総裁選(そうさいせん)は・・・。
ルクソールにて ルクソールにて ルクソールにて ルクソールにて 

続いて、メムノン巨像。
ルクソールにて ルクソールにて 



今日は東岸のカルナック宮殿に自転車で行ってきました。
こちらもスケールがでかい!!大列柱室の列柱なんて、そのデカサに呆然唖然。
更にその一本一本に彫刻が施されていて、これまた凄いのです。
ルクソールにて ルクソールにて ルクソールにて ルクソールにて ルクソールにて



そしてここも人、人、人・・・。こんなに観光客いたんだと驚きましたね。
街ではそんなに見かけないのに、みんなどこに泊まってるんだろう・・・。
ルクソールにて ルクソールにて 

こちらスフィンクス街道。

ルクソールにて


で、こちらが

ルクソールにて

観光バス街道。
さらに・・・、

ルクソールにて ルクソールにて ルクソールにて ルクソールにて 
おまけのセクスィー街道。

白人さんのお姉ちゃん方みんな、露出派でセクすぃーなのに、何故中年になると・・・・。
残念!!!
俺は断然日本人女性派です。


そして今晩は同じ宿に泊まっているブラジリアンと韓国料理を食べに行ってきました。
プルコギ美味ぇぇぇぇぇ、カルビ美味ぇぇぇぇぇ、アジア料理は凄ぇぇぇぇぇぇ。
“食のアジア健在”です。
ルクソールにて ルクソールにて 



明日朝、電車でアスワンに向かいます。
“明日は、アスワン
アスワ、アスワ~ン”
それでは、また。

おまけ
[ 2008/09/27 06:03 ] 旅行道中編~Egypt | トラックバック(-) | CM(0)

09/26  ルクソールの宿 

暑いっす・・・ルクソール暑いっす・・・。洒落にならんです。

数ヶ月ぶりに体重計乗ってみたら、8kgも減ってました。
これが本当ならば幸せなんですが、恐らくは体重計の故障でしょう。
しかし、ラマダン期間中のイスラム諸国では確実に食事の量・回数が減ってます。
ひょっとして、ひょっとしたら・・・♪♪(淡い期待・・・)


さて、9月23日エジプト鉄道でカイロからルクソールに移動しました。
所要時間12時間。朝7:40にカイロ駅を出発した電車はひたすらナイル川沿いのオアシスを走り抜け、ルクソールに着いたのは日が落ちた夜7:30。
駅に群がる宿の勧誘兄ちゃん達を振り切り、予約していた駅近くの安宿にチェックインしました。
そこまで綺麗ではないのですが、トリプルベッドのA/C・風呂付きで25ポンド、約500円。
まずまずです^^。

俺の宿探しは原則予約をしてから向かいます。ガイドブックや、宿探しサイト、個人ブログ等の情報を参考にし、ここは良さそうだと思ったらすぐに事前予約します。
これはバックパッカーの中では異色でしょう。
バックパッカーの宿探しは、基本足で探します。実際に部屋を見て、値段を交渉して、宿の雰囲気を見てから決めるのが基本です。
しかし俺は、大きな荷物を前後に背負い、汗だくになりながら、勧誘に振り回されながら、宿を探すのがどうも好きではありません。
“もし予約した宿がハズレ宿だったらどうするの??”
今まで何度か聞かれましたが、俺にとって宿は基本的に寝るだけの所なので、案外そこまで気にはなりません。所詮は安宿、もともとそこまで期待していないのです。
質を求めるならば、1泊1万程度の中級~高級ホテルに泊まればいいだけのことです。
振り返ってみても、今までできつかったのは、マラディー(ニジェール)のゴキブリ宿と、デリー(インド)の南京虫宿くらいです。
他にも着いた時に良い印象を持たなかった宿も幾つかありましたが、名前を失念しました。
忘れるくらい気にならなかったのでしょう。
どこも住めば都です。

実際今泊まっている宿はガイドブック“earthの歩き方”で盗難の多い宿として名が挙がっていますが、快適に楽しんでいます。宿の兄ちゃんも事あるごとに何かしらの誘いをしてきますが(笑)、こちらがキッパリ断るとしつこくありませんし、何かとサービスしてくれます。盗難云々は、基本的にこちらの注意次第でほぼ防げると思います。盗まれた人は気の毒ですが、詳しいシチュエーションはわかりませんが、安宿の部屋に貴重品を置いていくこと自体ナンセンスなのではないかと思います。
そこは高級ホテルとは違います。

今日は宿の兄ちゃん達の夕食に交ぜてもらいました。ラマダン期間中故、5時半過ぎには食べ始めます。今日は、鶏肉のトマト煮込みと米、パン。
味良し、量良し、値段良し。美味しかったです^^。
ルクソールにて ルクソールにて ルクソールにて 

あっ、ちなみに俺の右隣は、今同じ宿に泊まっているブラジリアンです(笑)。


今日は宿について書いてみました。
明日はルクソール観光について御報告します^^。

[ 2008/09/26 03:57 ] 旅行道中編~Egypt | トラックバック(-) | CM(1)
プロフィール

ぽちゃムキン

Author:ぽちゃムキン
こちらをどうぞ~

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
訪問者数
今現在見てる人
現在の閲覧者数:
星が見える名言集100
今日はどんな日?
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。