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10/13  イスラエル紀行 其の四 

散々な1日・・・。そう、昨日は散々な1日でした。

昨日エルサレムからアンマンに帰ってきました。12時間かけて・・・。
トラブルに見舞われました。

朝10時にエルサレムを出発し、国境へ向かいました。エルサレムとアンマンは距離的には100kmもなく近いのですが、出入国に時間がかかり、交通の便が悪いので、念の為に早めに宿を出ました。
イスラエル側の最後の厳しいチェックは、出国ということもあり、割合スムーズに通過でき、両国境を結ぶ連絡バスに乗車。1時間程、人が集まるのを待ち、遂に出発です。

“さらば、イスラエル♪♪ディープな所だったぜ~^^”

心配するほどでは無かったな、と一安心して爆睡していると突然起こされました。
ヨルダン側のパスポートチェックです。
“はいよ。”
と言わんばかりに差し出すと、係員はページをチェックして一言。

『You have problem. Get off this bus and go there.“あなたは問題があります。バスを降りて、そこに行きなさい。”』
と事務所を指差しました。

“はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?”

渋々事務所に行くと、俺以外にアメリカ国籍のパレスチナ人とウクライナ人の兄ちゃんがいました。

係官は、一人一人パスポートを入念にチェックして、
『ヨルダンのビザはどこにある?』
と聞いてきました。
俺が自信満々にスタンプを見せると、
『これは無効です。』
と一言。

“えぇぇぇぇぇぇぇぇ、何仰ってるんですか????御存知ないのですかぁぁぁぁぁ。”

この時点では俺はまだ、“問題無い、話せばわかる。”と楽観的に考えていました。
そこで俺はゆっくりと、自分はエジプトから来たのだが、ここ(キング・フセイン橋)からヨルダン入国できないことは知っていたので、わざわざ一度ヨルダンに入り、ビザスタンプを取得して、アンマンからイスラエルに行って来た。今はその帰りで、大きな荷物はアンマンに置いてあるし、明日アンマンから出国する予定だと伝えました。
すると係官は、
『このスタンプは一度ヨルダンを出国したので、失効している。新たにビザを取得しなければならない。』
と、言ってきました。

俺は、ヨルダン出国時に、係官が別の紙にわざわざ出国スタンプを押したので質問すると、
『パスポートに出国スタンプ押すと、帰ってこれないでしょ?だから、こちらに押してこれは回収します。パスポートには出国スタンプが無いので大丈夫です。』
と言われたことを話しました。また、他の多くの旅人が同じ様にやり、問題無く通過していることを話しました。
でも話しながら、
“ということは、その間俺はヨルダンとイスラエル両国にいることになるのか。それもおかしな話だな。”
と思いましたが、ここで認めたらいけません。笑顔の徹底抗戦です。

しかし、係官はNoの一点張りで、取り付く島もありません。
『それは変更になった。今はビザが無いとヨルダンには入国できません。ここは正式な国境では無いので、とにかく別の正式な国境に行ってください。』
と言うだけで、相手にしてくれません。

『それならいつ変わったんだ??俺がイスラエルに行ったのはたった4日前だぞ。それならどうして、その時教えてくれなかったんだ。時間とお金を浪費したじゃないか。ちゃんと説明してくれ。』
とお願いしましたが、結局強引にバスに乗せられ、イスラエル側に戻されました。

今度はイスラエルのSMプレイです。
兵士が怪訝そうな顔しています。
仕方なく、今までの経緯を説明すると、別の国境に行くならば、再入国しなくてはならないと言います。


・・・・・。また、あのSMプレイ入国審査を受けなきゃいけないのですか・・・・。


領収書をみせながら、先程5000円程の出国税を払ったが、そうしたら再び払わないといけないのか質問すると、
『わからない。中の人間に聞いてくれ。』
とご返答(笑)。


再び長蛇の列に並び、荷物チェック、ボディーチェックを終え、入国審査に進むと、
『何故また戻ってきた??』
と明らかに疑いの目で見てきます。
俺は、再び同じ説明をすると、先程の出国スタンプを2重線で訂正し、
『次の係官に説明してください。』
と指示されました。


この先何回説明しなきゃいけないのか・・・・。
もうテンション激下がりです。


やっとのことでイスラエル再入国を果たし、別の国境に向かう手段を尋ねると、ここからは何も無いので、タクシーで行くしかないと言います。
一番近くの国境まで、距離120km程、金額は500シェケル、約15000円だそうです。
“高いけどしょうがない。3人でシェアすれば良いか”と考えていると、他の2人が
『高過ぎる。行かない。』と言いはじめました。
ウクライナ人は今日夕方のフライトでアンマンから帰るが、もう間に合いそうに無いので、テルアビブに行くと言い、もう一人のパレスチナ人は実家に帰ると言います。
俺一人で全額負担は厳しいので、仕方なく一度エルサレムに帰り、そこからまた検討することにしました。
30分ほどかけて、エルサレムの街に戻り、宿に向かうと、頼りのイスラエル在住の日本人の方がいません・・・。宿の人に状況を説明すると、
『よくわからない。』
と全くダメ。
仕方なく、その方を待つことにしました。幸いにも20分ほどで帰って来られたのですが、
『何でいるの??』
と驚いています。俺が事情を説明すると、時々似たような事が起こると言います。

時間は午後3時過ぎ。ここまでなんやかんや6時間かかってしまいました・・・。

『ここからローカルバスを使っても、最寄の町から国境まではタクシーで更に30分かかるし、最寄の町まで行くバスも1時間に1本しかないよ。スムーズに行っても国境まではトータルで3時間以上。だから今から国境に向かっても、7時~8時頃になる。その時間に国境が開いている保障も無いし、出入国審査で最低1時間。ヨルダンに入ってもタクシーしかないし、また更にアンマンまで2時間くらいかかるよ。明日にしたら?でも明日も厳しいなぁ・・・。私は昔そのルートで12時間かかったからね(笑)。』
と言われました。俺は、明日夕方のフライトでキプロスに向かわなければいけません。可能なら、今日なんとかアンマンに戻りたいのですが、そうするとタクシーしか無いと言います。
前にいた日本人はUS$180払ったそうです。

“素直に国境からタクシーに乗れば良かった・・・”
後悔しても後の祭り。

俺は宿を飛び出し、片っ端からタクシーを捕まえ、値段交渉しました。
必死の交渉で、400シェケル、約12000円まで下がり、その日本人の方が破格の値段だと驚いていたので、頼むことにしました。

慌しく別れの挨拶をして、急いでタクシーに飛び込み、国境に着いたのが6時過ぎ。
結局再度出国税を払いましたが、イスラエル出国はスムーズに済みました。

そして、ヨルダンではビザ申請カウンターに行くと、
『君は必要ない。パスポートコントロールに行きなさい。』
と言われ、入国審査に進むと、
『ビザはどこ??』
『今ビザ申請に行ったら、必要ないと言われました!!』
『あっそう、じゃあいいです。バチコーン。』
呆気なく、入国です。


っていうか、




ビザいらない?????



じゃあ、何故朝の国境でダメだったんだよ!!!!!!




まじ、ふざけんじゃねぇ!!!!!!!



結局そこからタクシーでアンマン市内に着いたのは夜の10時。
宿に戻ると、マネージャーが
『心配したよ。どうしたの??』
と聞いてきたので、最後の(笑)説明をすると、
それは朝の国境の係官がクレイジーなんだよ。大丈夫なはずだよ。

(笑)

そして、行き一緒にエルサレムに行ったドイツ人カップルとも会い、彼らは問題なく通過できたことを聞きました・・・・・。




かかった時間12時間、
金額、
?国境バス13シェケル、約390円。
?国境⇒エルサレム市内バス34シェケル、約1020円。
?サンドイッチ6シェケル、約180円。
?エルサレム⇒シェイク・フセイン橋国境400シェケル、約12000円。
?2度の出国税234.50シェケル、約7020円。
?シェイクフセイン橋国境⇒アンマン市内タクシー35ヨルダディナール、約5250円。
総額25860円。

経験、プライスレス・・・・。









とか言ってる場合じゃねぇぇぇぇぇ!!!!!!





精根尽き果てました(笑)。

そして、俺のパスポートには今ヨルダン入国スタンプが2つあります。
パスポート IMGP7058


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[ 2008/10/13 20:51 ] 旅行道中編~Israel | トラックバック(-) | CM(0)

10/13  イスラエル紀行 其の参 

11日はまたもやパレスチナ自治区に行ってきました。といっても、パレスチナ人でも僅かにいるキリスト教徒地区です。

ずばり、October Fesというビール祭りに参加してきました。
IMGP7045 IMGP7046 


会場に着くともの凄い盛り上がり。みんな真っ昼間から赤ら顔で爆笑しています。
中にはドイツはミュンヘンから来て、民族衣装を着ている一団もありました。彼らは本場ミュンヘンに続き、今季2度目のオクトーバー・フェスだそうです(笑)。
IMGP7047



俺も早速、村の名が冠してある有名なイスラエルビール“Taybeh Beer”を戴きました。
快晴の天気のもと、昼間からビール♪♪ハート





もう、、、、




タマラナイ・・・・。




気持ちの良いほろ酔いに、可愛い子ちゃん達のパレスチナ伝統舞踊を見て、更に御満悦^^。
至福の一時。
IMGP7049 IMGP7050 IMGP7052 IMGP7051 

ユダヤ系も、アラブ系もどうしてこんなに可愛い子ちゃんがいるんでしょうね(笑)。
おじさん、顔が緩みっぱなしです。エロ顔隠せません。

楽しかったぁあは


おまけで、エルサレムの宿からの景色です。
左に城壁に囲まれた旧市街があります。
IMGP7053

[ 2008/10/13 19:46 ] 旅行道中編~Israel | トラックバック(-) | CM(0)

10/13  イスラエル紀行 其の弐 

この国は非常に複雑な所ですね。非常に、非常に複雑です。


ユダヤ人の歴史は、旧約聖書による映画“十戒”で有名なモーゼの脱エジプトに始まり、一度古代イスラエル王国を建国するも紀元前600年頃に滅ぼされ、その後は確固とした民族国家を持たず、全世界に散らばり、第2次世界大戦での残虐なホロコーストを機に、古代先祖が暮らしていたイスラエルの地に帰還し、ユダヤ人国家を作ろうというシオニズム運動が起こり、1948年イスラエル独立となりますが、そこにもともと暮らしていたパレスチナ人からすれば、たまったものではありません。
パレスチナ人は、“イスラエル人は自分達の土地に勝手に国を創った上に、武力で圧力をかけ、自分達はガザ地区・ヨルダン川西岸地区に追いやられている。”と主張し、対してイスラエル人は“この場所は遥か昔先祖が暮らしていた、神から与えられた我々の場所である。”と主張します。
しかし、それも2000年以上前の“遥か昔”。
パレスチナ人にとって、そう簡単に理解できないのも無理はありません。
そして、ここは各々の宗教にとって聖地であるが故に、また更にややこしくなるのです・・・。

本当に、よくわかりません(笑)。


パレスチナ問題という言葉は度々耳にし、自爆テロの生臭いニュースを通してイメージする“イスラエル”とは物騒な印象が強いのですが、実際に来てみると、日常生活においては危険を感じることはありません。
しかし、その平穏な空気の中にパレスチナ人とイスラエル人の間の深い溝を感じます。
無言の壁を感じます。
城壁に囲まれた旧市街では、その狭い場所故、彼らは互いに近接して暮らしていますが、彼らはお互いに目も合わせず、完全無視です。また、旧市街地の外では完全に移住区が分かれています。
またイスラエル国土に視野を広げれば、イスラエル領土とパレスチナ自治区の境界線には、昔のドイツのベルリンの壁の様な、イスラエルによって築かれた一方的な壁があります。
しかし実際にはその壁は、国連によって決められた境界線“グリーンライン”上ではなく、パレスチナ領土に入りこんでイスラエルが勝手に建設したものです。
そのことが事をさらにややこしくしています。そりゃあ、パレスチナ人も怒りますよね(笑)。
イスラエルのこうした強硬姿勢は随所で見られます。


10日は、ローカルバスで、パレスチナ自治区に行き、パレスチナ人の抗議活動を見てきました。
イスラエルでは、交通機関もユダヤ系、アラブ系に分かれており、区別ははっきりしています。アラブ系バスはイスラエル領土を走ることはありませんし、逆にユダヤ系バスがパレスチナ自治区に向かうこともありません。
アラブバスでエルサレムを出発し、20分ほどすると目の前に高い壁が見えてきました。
それが、イスラエルが建てた“壁”です。
ビリーン村にて


そして、チェックポイントではマシンガンを持ったイスラエル兵士が厳しい取締りをしていました。イスラエル⇔パレスチナの領土を行き来する時は、パレスチナ側のチェックはありません。チェックポイントは全てイスラエル側です。そもそもユダヤ人がパレスチナ自治区に行くことがないので、ここを通過する人は大半がパレスチナ人です。
チェックを終えると、いよいよパレスチナ自治区です。

“パレスチナ自治区”
ビリーン村にて


報道で時々耳にしますよね。どちらかと言うと、物騒なイメージでしたが、実際の自治区は休日だったこともあり、静かで長閑な印象でした。
起伏の激しい稜線には、オリーブやレモンの木々、綺麗な家が点在してあり、エルサレムとはまた違った、綺麗な景色でした。
バスで自治区の首都(?)ラマーラに着き、アラファト議長のお墓を見学してから、ビリーニ村に向かいました。
ビリーン村にて ビリーン村にて ビリーン村にて ビリーン村にて 

ビリーニ村とは、イスラエル領土との境界にある小さな村ですが、イスラエルがグリーンラインよりも7kmも侵入して柵を作った為に、激しい抗議が行われている場所です。
ある日突然イスラエル軍が来て、柵を作ってしまったそうです。生活の糧となるオリーブの木を伐採され、テルアビブに持って行かれ、二束三文で売られたそうです。


村に着くと、ちょうどデモが始まったところでした。
車を降りると、パレスチナ青年達に、
『Welcome!!』
と迎えられました。
集団は頭にパレスチナの国旗を捲き、手にも国旗を持ち、田舎道を境界線に向かって行進していきます。
中には、プレスのジャケットを着た各国のテレビクルーも来ていましたし、西洋人のジャーナリストや、一緒に抗議活動に参加している高齢者の団体もありました。
彼らは、フランス・イギリス・アメリカから来ているそうです。
そして、壁の向こうには、マシンガンを持って待ち構えるイスラエル兵士が見え、緊迫した空気が流れていました。
ビリーン村にて ビリーン村にて ビリーン村にて ビリーン村にて 


デモ集団は徐々に柵に近づきます。


すると突然、パァーンという音が鳴り響き、一面に煙が充満しました。

イスラエル軍が催眠弾を撃ってきたのでした。
ビリーン村にて


話では、最初はサウンド・ボムという音だけの空砲で威嚇してくると聞いていましたが、今日はいきなり催涙弾を使用してきました。
皆一斉に逃げ始めます。
俺も彼らと一緒に逃げましたが、逃げ遅れ、催涙弾を喰らってしまいました。
涙・鼻水は垂れ流し、喉は痛み・・・。
前がまともに見えず、ろくに走れません。しかも背後からは発砲音が聞こえます。怖かったですね。
ビリーン村にて ビリーン村にて 

“これが、催涙弾かぁ。強烈だなぁ。”
恐怖心と同時にアドレナリン出まくりなのがわかります。

再び、柵に向かい行進し始めると、再びイスラエル軍から催涙弾が撃ち込まれます。
しかし、パレスチナ人の一部はそれにも怯まず、遂には柵に到達し、イスラエル兵に向かい投石を始めました。しかし、距離も離れており、届いていません。
ビリーン村にて


イスラエル側では装甲車が境界線沿いに頻繁に巡回し、催涙弾を撃ってきます。最初は空に向けて発砲し、山なりの弾道だったのが、徐々に直線的に人に向けて撃ち始めました。いくら催涙弾とはいえ、直接当たったら、危険です。
前線からは負傷したパレスチナ青年が運ばれてきます。
ビリーン村にて ビリーン村にて ビリーン村にて 

催涙弾が草木に燃え移り、燃えています。
パレスチナ少年達(恐らく小学生位だと思います)がみな投石しています。
煙の向こうには、巨石の上でマシンガンを持って仁王立ちでこちらを見ているイスラエル兵士がいます。
ビリーン村にて


テレビでしか見たことのない、日本ではあり得ない光景でした。







俺は今回の抗議活動を見て、どちらが正しいとか、擁護するつもりは全くありません。
前述の様に、歴史も複雑だし、簡単に決着のつくことではありません。

ただ、イスラエルは少し強硬過ぎる気がします。
国連の決議に従わず、壁を勝手に建設し、一方的にチェックポイントで厳しい取締りをする。
そして、入国審査官もそうでしたが、みんな態度が悪い。チェックポイントでは笑顔ひとつ無く、鬼の様な形相でマシンガンを抱えているし、ひどい人は机に足を乗せて仕事しています。
俺は入国時、パスポート蹴られましたからね。足で拾われましたからね。若造に(笑)。
こうしたチェックポイントでは兵役についている若者が働いています。
中には、対応の良い子もいますが、大半は威圧的です。

自治区からの帰り、俺はパレスチナ人用のチェックポイントに行ってみました。何重もある鉄格子を一人ずつ進むので、時間がかかります。
最後のパスポートチェックでは、ふんぞり返った若い審査官に、
『入国のスタンプを見せなさい。』
と窓越しに言われ、パスポートを提示すると、
『上下逆。見えない。もっと近くに出して。』
と言われました。自分は机に足を乗せ、踏ん反り返っているのに、動こうとしません。
頭にきたので、窓に叩きつけてやりました(笑)。


こんな様子じゃあ、これ(イスラエルとパレスチナの衝突)は当分続くな、と感じました。


2000年以上国を持たず世界に散ったユダヤ人。
商業の才があるといわれ、世界中で多くのユダヤ人が成功し財を成しているそうですが、その反面土着の人々の嫉妬を買い、それが第2次世界大戦のホロコーストにも繋がったと言われています。確かに昔ポーランドのアウシュビッツ強制収容所に行きましたが、あまりに惨い悲劇を彼らも体験しています。彼らも世界中で色々な辛い経験をしているのでしょう。

しかし今は、ここで2000年近く生きてきたパレスチナ人に対して同じ様なことを繰り返している。
歴史は繰り返す、ではありませんが、人間の性なのでしょうか。
その後ろ盾には世界中にいるユダヤ人がいると言われていますが、その豊富な資金で最新兵器を開発し、圧倒的な軍事力で統治しています。

アメリカ寄りの報道が多く、パレスチナに対して良い印象を持っていなかった自分ですが、イスラエルに来てみて、違和感を感じています。どこかおかしいな、と。
改めて、マスコミ・報道の影響力、怖さを痛感しています。
やっぱり自分の目・耳で実際に見て聞いて、感じてみないとわかりません。

[ 2008/10/13 19:37 ] 旅行道中編~Israel | トラックバック(-) | CM(0)

10/13  イスラエル紀行 其の壱 

イスラエルまとめて御報告~!!


10月8日~12日までイスラエルのエルサレムに行ってきました。滞在中はずっとエルサレムに泊まっていました。
運悪く滞在期間中ユダヤ教の祝日と週末及びイスラム教の週末と重なったので、公共機関が全て止まり、思うように足を伸ばすことが出来ませんでした。
しかしその分、エルサレムの街を堪能したので、その御報告を致します。


エルサレムと聞くと、キリスト教の聖地ということがまず思い浮かびますが、実際キリストが磔刑にされ、息を引き取ったとされる“ゴルゴダの丘”やキリストにちなんだ修道院・教会が数多くあり、巡礼に訪れている人も見かけ、やはりここが彼らにとって聖地であることを実感します。
キリスト教徒だけでなく、ユダヤ教徒・イスラム教徒にとってもここは聖地で、西暦70年にローマ帝国によって破壊されたユダヤ教寺院跡とされる、“嘆きの壁”には多くのユダヤ教徒が毎日訪れ熱心に祈りを捧げていますし、その壁の裏にはイスラム教の使徒モハメドが昇天したとされる“岩のドーム”もあります。
これら全てが城壁に囲まれた旧市街にあり、それぞれキリスト教徒地区・ムスリム地区・ユダヤ人地区・アルメニア人地区と別れています。


街中には、それぞれの宗教服を纏った人が多く、なんとも形容し難い雰囲気があります。
もう街全体がカオスです。強烈です。
こんな所見たことありません(笑)。



その中でも一番強烈なのが、ユダヤ教徒ですね。他の宗教と同じく、敬虔な人から、あまりそうでない人まで様々ですが、敬虔なユダヤ教徒はとにかく凄い。
ぶっちぎり1位です。

まずその格好。
全身黒ずくめの服にハット。髪型は坊主+両サイドだけに三つ編みの長髪。
見慣れないこともあり、異様です(笑)。
そして、彼らは他教徒との接触を極度に嫌います。
街中ですれ違うと、明らかにこちらを避けるし、子供達も笑顔で挨拶しても、反応無く、じっと見つめてくるor無視です。
観光客に、ユダヤ教の子供に話しかけないようにとお願いするほどです。
完全に彼らのコミュニティーがあり、部外者の立ち入りを拒絶します。
同じユダヤ教徒でも、頭に小さな帽子を被るだけの人もいますが、彼らはそんな人を認めないそうです。

9日はそんなユダヤ教徒の中でも最も“狂信的な”人が住む地区を訪れてみました。観光というより、もはや冒険ですね(笑)。
当日(正確に言うと、8日の日没から9日の日没まで)は、ユダヤ教で“ヨム・キプール”という非常に重要な休日でした。(ユダヤ教では1日を日没から翌日没までと考えます)

ユダヤ教では安息日(日本でいう日曜)に働くことは立派な罪です。その為商店などはみな休みとなりますが、この日はとりわけ重要な休日で、商店どころか、国境も閉鎖、交通機関も全て完全ストップです。
そしてユダヤ教徒は、仕事だけでなく、飲食もせず、更に詳しくは知りませんが、何か物に触ることもしないそうです。
兎に角、何も口にせず、何も触れず、何もしない。そして、自分の犯した罪を1日中反省するのです。



地区に入るとそれまでの雰囲気が一変しました。
入り口には、ヘブライ語と英語で、
『Please stop this・・・・』
と、“ここから先は私達の地区です。私達の生活を邪魔しないで下さい。”といった内容のボードがありました。
もうそこからして、異様です。
昼間にもかかわらず人通りはわずか。シーンとしています。ゴーストタウンの様です。

時々人とすれ違いますが、みんな宗教服を着ています。イスラエルに17年住んでいる方から事前に、
『地区に入ったら彼らの写真は撮らないように。バレたら大変なことになりますよ。気をつけて。』
と言われていましたが、納得。ここはヤバイ(笑)。堂々と写真撮れない雰囲気プンプンです(笑)。
彼らは自分達のエリアに部外者が侵入することをとても嫌うので、居ること自体すでにピリピリしているのです。人聞きですが、彼らの経典には、他教徒に石を投げてもいいとあるそうで、彼らのテリトリーで調子に乗ると、運が悪いと投石されるそうです。以前、堂々と写真を撮った日本人は、
『火炙りにするぞ!!』
と追いかけられ、石を投げられたそうです(笑)。


ということで、盗撮です(笑)。
あっ、パソコンの不具合で、盗撮犯が映っちゃいましたぁ。
エルサレムにて  エルサレムにて 



どうですか??なかなか強烈じゃないですか??
俺はこの雰囲気にハマり、エルサレム滞在中おっかなびっくり毎日通ってしまいました。
何度行っても、興奮するんですよね(笑)。
拡大サービス^^。
エルサレムにて エルサレムにて エルサレムにて 


そして、その日の夕方は旧市街地にあるユダヤ教の聖地“嘆きの壁”に行きました。
厳重なセキュリティーチェックを終え、広場に入ると大勢のユダヤ教徒がいました。1年の中でも最も重要な、しかも“”の日ですから、広場は祈りを捧げるユダヤ人で埋まっていました。
本当は少し留まっていたかったのですが、ここも長居できる雰囲気ではありませんでした。
とにかく興味本位で来ている自分が目立つことを感じるのです。何ともいえない威圧感があるのです。
ユダヤ教徒は、イスラム教徒以上に“熱信”な印象です。





もうこの街全体がカオス。いやぁ、一見の価値があります。


[ 2008/10/13 19:23 ] 旅行道中編~Israel | トラックバック(-) | CM(0)
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