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11/02  ペロポネソス半島巡り 其の丹 

いきなりの英語ブログ(笑)、皆さんびっくりしましたか^^??

実は以前から、海外の友人から、『ブログが日本語で書いてあるので全く理解できないよ!!写真だけ見ているけど、内容がわからないからとても残念。』といった内容のメールをちょくちょく頂いており、迷った結果始めることにしたのです。
なかなか最後の決断が出来なかったです。
日本語のブログでさえ大変なのに、更に英訳となると、もうご馳走様・・・。
時々あまりに時間かかるので、“世界を見たくて旅をしている”のか、それとも“ブログを更新する為に旅している”のか、わからなくなる時もありました。
“何じゃこりゃ??”って(笑)。
それに一度始めたら、簡単には止められないじゃないですか、面子もありますし(笑)。
“あぁ~、あいつやっぱり止めちゃった(笑)。”
とか絶対に思われたくないし^^。
軽はずみには始められないと思っていたんです。

でも、こんなブログを意味もわからないのに、遠い異国で見続けてくれるってことは本当に有り難いことだし、そんな彼らの期待に応えたいと思ったのであります。
嬉しいことに、一昨日公開したのに早速昨日喜びのメールをドイツ人の友人から頂きました。
“よし、頑張ろう!!”と心新たに決意したぽちゃムキンです。

一体何人の外国人が俺のブログを見るのかわかりませんが、俺のブログを通して、少しでも日本・日本人に親近感を持ってくれると嬉しいです^^。

ということで、これからのブログはわーるどわいどに全て英語で書こうと思います。























嘘で~~~~~~~~~~~す^^。
そんなの無理で~~~~~~~~~~~す。





一昨日、昨日はスパルタ・オリンピアに行って来ました。
スパルタというと、まず思いつくのが‘スパルタ教育’。日本では、“有名進学校にお稽古・・・”、と教育熱心なおばちゃま方を想像しますね。そもそもその名の由来は、古代スパルタの勤倹尚武の教育からきていますが、これが半端ありません。幾つかご紹介しましょう。

1,産湯は赤ワイン:アルコールで痙攣する赤子は虚弱児ということで、裏山に捨てる。
2,7歳から国家集団養成所に強制入校:1日1食、裸同然の格好で勉学・武術の鍛錬に励む。
3,成人男性は10日に1度の裸体検査:肥満、色白は怠惰の証拠として処罰。
4,散歩禁止令:散歩ではなく鍛錬で健康維持すべし。
5,戦死した我が子を母親が身体検査:向こう傷が多ければ、勇敢に戦った証で先祖と同じお墓へ埋葬、逆に後ろ傷が多ければ、共同墓地に放置

どうです(笑)??
この“スパルタ教育”、今なら教育ママから
1⇒幼児虐待
2⇒人権無視
3⇒過剰体罰
4⇒過度の強制
5⇒国家補償不平等
あたりで、訴えられるんじゃないでしょうか(笑)??

古代スパルタ人、頑張りました。

そんな過去の歴史とは違い、今のスパルタの町はとても穏やかな田舎町でした。
古代スパルタ遺跡は町のはずれにありましたが、周囲はオリーブの木々に囲まれひっそりしており、遠くにはタイゲストス山脈の山々が見えました。
所々地中に埋もれ、雑草生い茂る遺跡の中で、2千数百年以上前の古代スパルタ人の営みに思いを馳せるのも旅風情があり良かったです。他の観光客もみな思い思いの場所で、感慨にふけっている様子でした。
スパルタ(Sparti)にて スパルタ(Sparti)にて スパルタ(Sparti)にて スパルタ(Sparti)にて スパルタ(Sparti)にて スパルタ(Sparti)にて スパルタ(Sparti)にて 


昨日は片道3時間、ルトラキから約280km離れたオリンピアの町に行ってきました。
海岸線沿いを右にコリンティアコス湾・パトライコス湾を眺めながら、ぐるっとペロポネソス半島を左回りに回り、ピルゴスを経てオリンピアへ。
オリンピアも人口1000人にも満たない小さな田舎町ですが、紀元前4~5世紀頃の古代ギリシャでは最高神ゼウスの聖域であり、大変栄えたそうです。
オリンピア遺跡は、これまた巨大石ころ置き場でした(笑)。紀元前のものなので、無理もありませんが、本当に解説がないと訳が分からない遺跡です(笑)。
まずは、当時の迎賓館【プリタニオン】。
オリンピア(Olympia)にて


続いて、戦争勝利を記念してフィリッポ2世が建てた奉納モニュメント、【フィリペイオン】。紀元前4世紀のものです。
オリンピア(Olympia)にて 

【ヘラ神殿】は、ゼウスの妻ヘラを祀った神殿で、ギリシャ最古。ちなみに、オリンピックの聖火はこの神殿で古い慣習に従って採火されるそうです。揉めに揉めた今年の聖火リレーもここから始まりました(笑)。
オリンピア(Olympia)にて オリンピア(Olympia)にて 

【古代給水施設跡】と、古代オリンピックが行われた【競技場】。
オリンピア(Olympia)にて オリンピア(Olympia)にて オリンピア(Olympia)にて オリンピア(Olympia)にて 

ペロプスを祀った【ペロピオン】。ペロプスとは、神話によるとミケーネ王アガメムノンの祖先で、オリンピック競技の創始者。
オリンピア(Olympia)にて


【ゼウス神殿】。
紀元前470年頃に完成したこの神殿は、アテネのパルテノン神殿に匹敵する大きさの神殿だったそうです。今は巨大石ころ置き場と化していますが、一つひとつの石の大きさは実に大きく、これが高さ10m幅27m長さ60mあった当時は、さぞかし壮大だったのでしょう。参考までに俺の28cmのビーチサンダルも置いてみました。
オリンピア(Olympia)にて オリンピア(Olympia)にて オリンピア(Olympia)にて オリンピア(Olympia)にて オリンピア(Olympia)にて 

古代オリンピック選手が宣誓をした【ブレウテリオン】。
オリンピア(Olympia)にて オリンピア(Olympia)にて 

こちらは、【現代の化粧室】。中を覗くと、
オリンピア(Olympia)にて








オリンピア(Olympia)にて


あちゃ~~~(>o<)。

当時の選手村【レオニデオン】。
オリンピア(Olympia)にて オリンピア(Olympia)にて オリンピア(Olympia)にて 

最後は、体育練習場跡【ギムナシオン】と闘技場跡【パレストラ】。
オリンピア(Olympia)にて オリンピア(Olympia)にて 

博物館には出土品が展示してありました。いくつか気に入った作品をどうぞ。
オリンピア(Olympia)にて オリンピア(Olympia)にて オリンピア(Olympia)にて 

帰り道の車窓です。
オリンピア(Olympia)にて







今日はギリシャ自由最終日。宿近くの人気の無いビーチに行って来ました。海は内海になっている為ベタ凪で、とても静かでした。周りには家族連れ1組と、おばちゃん1人のみ。
11月というのに暖かな太陽光の下では寒さを全く感じません。
海に入ると少しひんやり感じる程度ですが、問題なし。水温は22~3℃位でしょう。
今持っているデジカメは耐防水仕様なので、試しにいくつか撮ってみました。
透明な海水、そして波が無い!!
コリントス(Korinthos)にて コリントス(Korinthos)にて コリントス(Korinthos)にて 




泳いでいると、うんっ!?
コリントス(Korinthos)にて


あれっ!?
コリントス(Korinthos)にて


魚だ!!
コリントス(Korinthos)にて



そして、この泡見てください。見事なハートです。
コリントス(Korinthos)にて


そして、あまりの気持ち良さにぽちゃムキン昇天です。
コリントス(Korinthos)にて



最後の最後に、見苦しいものを見せてしまいました。ごめんなさいねっあは
おしまい!!

おまけ:

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[ 2008/11/02 03:35 ] 旅行道中編~Greece | トラックバック(-) | CM(0)

10/30  ペロポネソス半島巡り 其の壱 

そして、28日からはレンタカーを借りてペロポネソス半島の旅に出ております。
車は左ハンドルにマニュアル、道は右側通行ということで、日本とは完全に違い、慣れるまで少し時間かかりました。こちら相棒のHyundai Potyamukin君です。
コリントスにて コリントスにて 

ペロポネソス半島は、オリンピア・スパルタ・ミケーネ等ギリシャ史上重要な遺跡が幾つもあり、また交通機関があまり発達していない為、“ギリシャの偉大なる田舎”と呼ばれています。
IMGP8012 IMGP8011 

昨日はコリントス、ミケーネ、ナフプリオン、エピダヴロスを回りました。

現代のコリントスは、ペロポネソス半島の付け根にある港町ですが、古代コリントスはより内陸にあります。紀元前7世紀頃最盛期を迎え商工業、海上貿易で繁栄したそうですが、今の遺跡はアクロコリントス山の中腹に静かにありました。
正直何か解説がないと、アポロン神殿を除き、単なる巨大な石ころが転がっているだけという、ギリシャ遺跡に多いパターンなので(笑)、今回は神話や歴史をご紹介しながらいきましょう。

まずは入り口を入ってすぐの、“グラウケの泉”。
その昔、魔力を持つコルキスの王女メディアは英雄イアソンに惚れ込み、魔術を使って彼と結婚しました。その後二人は、彼の故郷を追われコリントスに落ち延びましたが、そこでイアソンはコリントス王クレオンから娘グラウケとの結婚と王位継承を提案され、あっさりと受諾。メディアを捨てました。怒ったメディアはグラウケの花嫁衣裳に毒を塗り、これを着た彼女は火達磨になり、助けようとした父クレオンと共に亡くなります。そしてこの時、グラウケがあまりの熱さで飛び込んだとされる泉が“グラウケの泉”です。
恐るべし、ギリシャ神話(笑)。結構残酷な話多いんですよ。
しかし、そんな経緯しらないと、本当にあっさり通過してしまいそうな遺跡です^^;。
コリントスにて


続いて一番の目玉、“アポロン神殿”。
ちなみにアポロンは、学問・医術・武術・芸術等様々な分野の守護神で、スポーツも万能ですが、何故か失恋ばかりしているという残念な神様です^^。英名、アポロ。
紀元前6世紀に建てられたドリア式の神殿で、今は列柱が7本残っているだけですが、当時は38本あったそうです。
コリントスにて


こちらは“ピレーネの泉”。
河神アソーボスの娘ピレーネは海神ポセイドンと交わり、二人の子を産んだが、どちらも悲惨な死を遂げた為、悲しみのあまり泣き続け、遂には自分の涙で体が溶けてしまったそうです。
その時できた泉が“ピレーネの泉”。
こちらもブルーな内容(笑)。
コリントスにて


かつての町に中心部“アゴラ”とその脇にある“レカイオン通り”。
広場は競技場としても使用されていたそうで、写真手前に見えるのが、当時のスタートラインです。
コリントスにて コリントスにて 

博物館には遺跡がゴロゴロありました。こんな扱いでいいの(笑)??
コリントスにて





続いて、ミケーネ遺跡
アルゴス平野が開け、イリアス山とザラ山の合間の小高い丘にある遺跡で、かつては『黄金に富むミケーネ』といわれたミケーネ文明の遺跡です。
前回、アテネの考古学博物館の項でいくつか黄金のマスクをご紹介しましたが、ここから発掘されました。
また、神話を信じたドイツ人考古学者シュリーマンによって発掘され、神話が事実であることが証明されたロマンの場でもあります。

まずは“アイギストスの墓”と“クリュタイムネストラの墓”。
ミケーネにて ミケーネにて 

ミケーネ遺跡を説明する上で、英雄アガメムノンの話を避けては通れません。
神話によると、スパルタの王妃を誘惑したトロイア王に激怒したギリシャ連合軍は、かの有名なトロイア戦争で10年かけてトロイアを滅ぼします。その時のギリシャ軍の総大将がアガメムノンでした。
彼は出陣の時誤って女神アルテミスの聖域で聖獣を殺してしまった為、女神の怒りを買い、指示通りに長女イフィゲニアを生贄として捧げました。これに激怒したのが妻クリュタイムネストラです。
復讐を誓う彼女は辛抱強く彼の帰りを待ち、10年後トロイア戦争に勝利し、トロイア王女カッサンドラを妾として連れ帰ってきたアガメムノンを、愛人でもありアガメムノンの従兄弟でもあるアイギストスと結託して殺害します。
二人はアガメムノン殺害の張本人ですが、アガメムノンを裏切った為にその墓は城内には造られず、場外に造られたそうです。悲惨なことにその二人も、アガメムノンの次女エレクトラとその弟オレステスによって父殺害の報復として殺されたのでした。


二人の墓を横に見ながら、さらに坂道を登っていくと、ミケーネの象徴“獅子の門”が見えてきます。大きな三角形の石に彫られた獅子は紀元前15世紀頃に造られたそうなので、約3500年前の作品です。
ミケーネにて ミケーネにて 

“獅子の門”をくぐり城内に入ると、右手にはあの“アガメムノンの黄金マスク”他数多くの金装飾品が発見された“円形墓地A”があります。
ミケーネにて


急な坂を登りきると、かつての王宮跡がありますが、ここは石コロだけで、当時の面影は無し(笑)。
しかし、そこからの景色は美しい!!眼下にはアルゴス平野が広がります。
‘地球って素晴らしい!!’ポーズ。
ミケーネにて ミケーネにて 





ミケーネ遺跡の次は、人口1万2千人の港町ナフプリオン
19世紀前半にはギリシャの首都となり、トルコとの戦争では拠点となった町だそうですが、今は緑豊かな美しい町でした。ここの名所は、“アクロナフプリア要塞跡”と“パラミディの城跡”。
また、アクロナフプリア要塞跡の裏には綺麗なビーチがあり、地元のお爺ちゃんお婆ちゃん達が長閑に日向ぼっこしていました^^。
ナフプリオンにて ナフプリオンにて 



今日は大忙しの1日です。
続いて、医神アスクレピオスの聖域“エピダヴロス遺跡”です。
ナフプリオンから内陸に車で走ること約1時間、静かな山間にひっそりとありました。
紀元前6世紀頃、アスクレピオス信仰がギリシャ全土に広まり、国中の病人がこぞってここへやってきたそうです。
当時の治療は、スポーツで体を動かした後、観劇や音楽鑑賞を楽しみ、身も心も癒すという、今で言う‘ヒーリング’が主だったそうです。
その為ここには宿泊施設の他、古代劇場・体育訓練所・スタジアムなどがあります。
中でも古代劇場は保存状態が大変良く、ほぼ当時の原型を保っています。夏には演劇・オペラ・コンサートなどが開催され、観光客で賑わうそうです。
ステージの囁きがどこからでも聞こえると言われる程の抜群の音響効果もあり、確かに広い会場内にいる他の観光客の声がよく聞こえました。
アテネのイドロ・アティコス音楽堂で市街を見ながらの音楽鑑賞も良いでしょうが、夕暮れ時に自然に囲まれ鈴虫の鳴き声を聞きながらの鑑賞は格別でしょう。いつか見てみたい・・・。
エピダヴロスにて エピダヴロスにて 
エピダヴロスにて


博物館には当時の医療道具が展示されていました。写真中央は紀元前6世紀頃の鑷子です。
エピダヴロスにて エピダヴロスにて 

こちらは当時の患者宿泊施設です。
エピダヴロスにて


スタジアムに、エジプトの医神イムホテップを祀る神殿跡。当時のギリシャ人は隣国エジプトの神も受け入れていたことがわかります。
エピダヴロスにて コリントスにて 



今日はこれからスパルタ教育で有名なスパルタ行ってきます!!

[ 2008/10/30 18:05 ] 旅行道中編~Greece | トラックバック(-) | CM(0)

10/30  世界遺産メテオラ 

10月も残すところあと2日。
日本はそろそろ紅葉の美しい季節ですね。
“奥山に 紅葉踏みわけ 泣く鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき”

日一日と寒くなり、冬の到来を徐々に感じさせるこの時期。
海外の‘豪華絢爛’という分かりやすい美意識を見ると改めて、晩秋の寂寥感に‘美’を感じる日本人の感性は素晴らしいなと感じます。
猿丸大夫の読んだ歌を思い出しながらふと目の前の鏡に目をやると、不思議と俺の顔も真っ赤に燃えるもみじの様に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、




ルトラキにて





あっ、あれっ!?!?




ルトラキにて





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




カランバカにて





あちゃ~、単に酔っ払ってるだけでしたっ!!
どうも、すいません^^。
ヨーロッパに入り、飲も食も豊かになり、最近肌ツヤも良くなった感があるぽちゃムキンです。
皆様はいかがお過ごしですか?

前回ご相談した顎鬚に関してですが、投票の結果、伸ばせという意見が2票、切った方が良いという意見が0票ということで、無限倍という圧倒的大差で、目出度く伸ばすこととなりました。
ご投票下さった御二方、どうも有難うございましたm(_._)m。
パチパチパチ。




あっそれっ、




パチパチパチ^^。Again。




よっ、もう1回。




パチパチパチパチパチパチパチ。again and again。




さて、本題-.-。去る26~27日ギリシャ中部の世界遺産“メテオラ”に行ってきました。
奇岩群とその頂上に建つ修道院で有名な所です。
メテオラとは、‘空中に吊り上げられた’という意味だそうですが、ここにある修道院はまさにそんな表現がぴったりの、空中都市ならぬ空中修道院でした。

電車でメテオラ観光拠点の町‘イヤ~ン、バカ~ン’ならぬカランバカに到着し、駅を出るといきなり目の前に巨大な奇石群がありました!!
カランバカにて カランバカにて カランバカにて 



なんじゃ、こりゃ!!



おらぁ、こんな景色見たごとねぇ♪♪
おらぁ、こんな景色見たごとねぇ♪♪
アテネへ出るさぁ~♪♪
アテネ出だなら、銭コア貯めて、アテネでペコ買うだぁ~。ハッ!!


とは吉幾三さんは歌っていませんが、町のすぐ背後にそそり立つ岩山は迫力満点。
どうやってこの様な地形になったのかは、今でも解明されていないそうです。
まず最初に考えつくのが、水の浸食作用か風食作用ですが、それには昔この地帯に河や湖の様な水があったという前提が必要になりますが、はっきりとは分かっていないそうです
まさに自然の真皮・・・。

そして、切り立ったその岩山の頂上には修道院があり、今でも敬虔な信者が修行しているというのだから、これまたビックリです。


27日は朝一のバスに乗って、最大規模のメガロ・メテオロン修道院から見学開始。
メテオラの歴史は、9世紀頃、下界との接触を避け、人里離れて神と交信を求めた隠遁者が住み着いたのが始まりで、その後次々と修道院が建てられ、最盛期の15~16世紀には24もあったそうです。その後徐々にその数は減り現在は6つが残っているだけですが、このメガロ・メテオロン修道院はその中心的な修道院です。急な階段を上り敷地内に入ると、教会・礼拝堂・博物館・売店まであり、多くの観光客で賑わっていました。女性は肌を露出した服装はもちろん厳禁ですが、体のラインがわかる長ズボンもNG。イスラム教並みに厳しいんですね。
また展望台からの景色も抜群で、すぐ近くにあるヴァルラーム修道院やカストラキの町並みも遠くに見えました。
メテオラにて メテオラにて メテオラにて メテオラにて 

メガロ・メテオロンの後は、ヴァルラーム修道院。
14世紀に隠遁者ヴァルラームによって建てられ、こちらも壁画やフレスコ画をはじめとする調度品は見ごたえありました。
メテオラにて


メテオラの修道院には今世紀初頭まで、今の様な階段や梯子はなく、人も荷物も滑車に吊るした網袋だけだったそうです。その為時々死者が出て、文字どおり命懸けの生活だったようです。
今では階段もでき、修行僧も安全に行き来出来るようになりましたが、滑車は今でも荷物用に使われているそうです。


ヴァルラーム修道院から15分ほどで、見晴らしの良いパノラマポイントに到着。
この旅恒例の“地球って素晴らしい!!”ポーズを決める(笑)。
メテオラにてメテオラにてメテオラにて
メテオラにて メテオラにて 

その後、ルサヌー修道院、アギオス・ニコラウス修道院を見学し、カランバカの町には1時頃帰還。途中、ほぼ垂直な岩肌にへばりつく様にしてロック・クラミングしている一団を発見。
ようやりますわ(笑)。
メテオラにて メテオラにて 
メテオラにて メテオラにて メテオラにて 


メテオラ、ギリシャに来たらMUSTです^^。
メテオラにて

[ 2008/10/30 07:46 ] 旅行道中編~Greece | トラックバック(-) | CM(0)

10/27  アテネでの日々 芸術鑑賞 

ここ数日のダイジェスト。

23・24日は連日音楽鑑賞に行ってきました。
アテネには、アテネ・コンサートホール(通称メガロムシキ)と呼ばれる、あの小澤征爾氏もその音響効果を絶賛したホールや、バドミントン・シアターと呼ばれる新しいコンサートホールなど素晴らしいホールが幾つかあり、また夏には、前に紹介したアクロポリス内の音楽堂でもフェスティバルが開かれる等、ギリシャでは芸術鑑賞も活発な様です。
試しに各ホールのホームページを調べてみると、23日はバドミントン・シアターで世界的に有名な日本の作曲家、喜多郎さんのコンサートがあり、24日はメガロムシキでNYのMartha Graham Dance Companyという一団のダンス公演があるとのことだったので、折角の機会だからと速攻チケットを購入し行ってきました。
アテネにて


もともと芸術関係には疎い自分ですが、海外でのコンサートはどんな感じなのか興味があり、また異国ギリシャの地で同じ日本人主催のコンサートを見れるということで、結構楽しみしていました。

ギリシャの一般的な生活習慣は、朝早くから働き(オフィスは7時から始まるところもあります)、午後は昼食と昼寝の時間シエスタをしっかり取り(13~16時頃)、その分夕飯は9~10時頃になります。
その為か、23日の開演時間も夜9:30と日本に比べて遅かったです。会場のバトミントン・シアターはとても綺麗なホールでした。
アテネにて アテネにて 

9時過ぎると続々とギリシャ人達がやってきました。ばっちりお洒落をしてきている人もいれば、ジーンズにサンダルとラフな格好の人もいて様々。
観察していて面白かったのは、予定開演時間の9:30近くになっても、みんなロビーで寛いでいて、あまりホールに入ってこなかったことですね。
『数分で始まるので、皆さん席について下さい。』
というアナウンスがあってやっと動き出すのです。
それも何度かアナウンスがありました。そして、9:30過ぎに続々とご入場(笑)。
結局コンサートは10時近くにスタート。
日本では開演前のチャイムが鳴るとほとんどの人は席について私語が減りますよね。
やっぱり律儀な国民性です。ギリシャ人は大らかというか、なんと言うか(笑)。
また演奏中もリズム感のある曲だと、ノリノリで足踏みしたり、手拍子したり、口ずさんだり^^。
良いのか悪いのかわかりませんが、あまり周りを気にせず、とにかく自分が楽しむというスタンスがはっきりしていました。
まぁ、もの凄い妨害というわけではなかったので、気にはなりませんでしたね。
そして、コンサートが終わると、拍手の嵐に加え、『ブラボ~!!』という声や、口笛が至る所から鳴り響きます。
日本では、ちょっと恥ずかしいように感じる事も全く意に介さず。
日本人に比べ、喜怒哀楽など“気持ち”をストレートに表現する西洋人らしさが見れたコンサートでした^^。

しかし、海外で日本人が認められて拍手されている姿を見るのはやっぱり嬉しいものですね。
曲の中には、和太鼓を使ったり、篳篥かな?日本の伝統的な縦笛を使ったり、随所に“日本らしさ”が織り込まれており、それもギリシャ人にはウケたようです。
これからも頑張れ!! 喜多郎さん!!

24日のダンスは、音楽に合わせた無言の“踊り”で、ストーリーもいまいち分からなかったので、正直『ふ~ん』という感想(笑)。可もなく不可もなくです(笑)。

ねっ(笑)?やっぱり芸術関係ダメでしょ^^;??
本当は、気の利いたコメントしたいんですけどね・・・^^。

でもダンサー達の鍛え抜かれた肉体美には感心しました。
それと学割で購入したにも関わらず、席がなんと前から3列目で、更には無声ダンスだったので、
演技中のダンサーの押し殺した、でも激しい息づかいは迫力ありました。
キラキラと大粒の汗も見えたし、優雅に見せて、演じるのはやっぱり大変なんだなぁと感心しました^^。
アテネにて アテネにて アテネにて アテネにて 




また23日の日中は、アテネ五輪メイン会場に行ってきました。
アテネ中心部から地下鉄で30分ほどのIrini駅に降り立つと、目の前にドドーンとありました。開会式・閉会式が行われたメイントラック、テニスコート、アリーナetc。
そして、競泳会場だったOlympic Aquatic Centreも。
残念ながら、一般開放しておらず、中に入ることは出来ませんでしたが、オリンピックの光景を思い出し、“あの辺で北島康介と平井コーチ抱き合ってたなぁ。”とか“表彰式はこっちか”。
等とぶつぶつ呟きながら、周辺をうろうろ(笑)。
サブプールでは選手が一人貸し切り状態で泳いでいて、羨ましかったです。
水着も着て、ポケットにはゴーグルも忍ばせていたのですが、結局泳げず。残念!!
1日クルーズでガッツポーズやっておいてよかった^^。
アテネにて アテネにて アテネにて アテネにて アテネにて アテネにて 

25日はローカルバスで、ポセイドン神殿で有名なスニオン岬へ。
パルテノン神殿に似た建物で、エーゲ海を見渡す高台にありました。
岬から海岸線沿いを2時間ほどゆっくり散歩しましたが、アテネ市内とは違い長閑な田舎の風景画広がり、気持ち良かったです。
スニオン岬にて スニオン岬にて スニオン岬にて スニオン岬にて スニオン岬にて 


あっ、違った。











気持ちいい!!














超気持ちい!!!!!








    
俺、しつこい!!!!!!!






こちらは24日に行ったアテネ中心部、シンタグマ広場前にある国会議事堂と、無名戦士の墓です。墓の前には常時2名の衛兵が立っていて、ここの名物なのですが、行った時たまたま交代式を行っていました。
銃を構えて顔はイカついのに、格好はボンボンのついた靴に白いタイツ、スカート(笑)。
めっちゃアンバランス^^;。
そして、式が終わると観光客が順に並び記念撮影しているのですが、観光客の満面の笑みに対して衛兵はブスッとした表情で微動だにせず(笑)。これまたアンバランス(笑)。
アテネにて アテネにて アテネにて アテネにて アテネにて アテネにて アテネにて アテネにて 


[ 2008/10/27 01:35 ] 旅行道中編~Greece | トラックバック(-) | CM(0)

10/25  アテネでの日々 考古学博物館 

23日は考古学博物館に行ってきました。
オモニア広場から徒歩で10分ほどの街の中心部にあります。外観は、パルテノン神殿と同じイオニア様式の柱が特徴的な、お洒落な建物でした。
アテネにて アテネにて 

ここアテネにある博物館には、ギリシャ全土から発見された出土品が展示されていて、各時代ごとに部屋分けしてあり、とても見やすかったです。
ギリシャの歴史と言っても、古くは紀元前1万年~16世紀頃の先史時代まで遡るので、各々をしっかりと把握することは出来ませんでしたが、可愛らしい品々が多く、見てるだけで結構楽しかったです。お勧めできる博物館の1つです。

また、博物館としては大変珍しく、写真撮影(フラッシュ無し)可でした。
ということで、今回はそれらの可愛らしい展示品を見ながら、ギャグ祭りといきます。

まずは、
題名:『エヘヘ』
アテネにて




ミケーネ時代のものからです。見て下さい、見事な胴長短足にこの表情。素晴らしい!!
ミケーネ時代とは、ペロポネソス半島に定住したアカイア人による古代文明の1つで、紀元前16~12世紀に栄えました。ミケーネ王にはトロイの木馬で有名なトロイア戦争を指揮したアガメムノンがいます。
紀元前8世紀頃に書かれたとされる古代ギリシャの叙事詩“イーリアス”の中では、争いの女神エリスが投げた黄金のリンゴをめぐって女神達の間で争いが起こり、最高神ゼウスから裁定を任されたトロイアの王が、世界一の美女であるスパルタ王の妻ヘレネを与えると約束した女神アフロディテ(ビーナス)にそのリンゴを与え、その報酬にヘレネをトロイアに連れ帰った為、それに激怒したギリシャ連合がアガメムノンを総大将としてトロイアに乗り込んだと記されています。
この様に、“イーリアス”自体が、紀元前8世紀よりも更に何世紀も昔に起こった伝説上の出来事を書いているので、この話自体も、もともと伝説と考えられていました。
しかし、実在を信じたドイツ人考古学者によって19世紀後半実際に遺跡が発見され、伝説ではなく、事実であったことが証明されたというロマンがあります。
なかなか素敵な話ですよね。

そして、こちらがそのアガメムノンの黄金マスクです。正確には、アガメムノンのマスクと推定されています。ミケーネ時代の出土品には黄金が多く、いかに豊かな時代であったかがうかがえます。
しかし、何とも言えない表情(笑)。
アテネにて アテネにて アテネにて アテネにて アテネにて アテネにて アテネにて 


アテネにて

こちらは『故郷の居酒屋前にて』ではなく、ミケーネ時代のものです。


アテネにて

これは、タコの絵が描かれた壺。あまり欲しくない・・・。


アテネにて

この兵隊さん達の顔可愛らしくないですか??



続いて、紀元前31~21世紀のキクラデス文明のもの。
エントリーNo,1:『あまりにびっくりして、目が飛び出ちゃいました。の男』
アテネにて



エントリーNo,2:『乳房がだいぶ上にありますけど・・・。隠れていませんけど・・・。』
アテネにて



では、ありません。もちろん。
【フルートを吹く人物像】というしっかりした名前があります。




お次は、紀元前7~5世紀頃のアルカイック時代。
スニオン岬のポセイドン神殿から出土した、青年像。見よ、このプリッとしたお尻を。
アテネにて アテネにて 

続いて、『ボディービルコンテスト』と題された作品です。
アテネにて





古典期(紀元前500~330年頃)からは、『ポセイドンの股間で腕組む女性』改め、【ポセイドンのブロンズ像】。
アテネにて


これは1928年海底から偶然発見されたそうで、何故海底にあったのか今でも謎ですが、一説では国外に持ち出そうとした船が沈没したためという推測もあります。
続いて、【馬に乗る少年】。躍動感が素晴らしい作品です。
アテネにて



アテネにて アテネにて 
こちらは、『子育てに疲れた女性』『‘お願い’をする男』ではありません。
これらは昔の墓碑です。その為、みんな悲しそうな表情なんですね。


続いて、

『ちょっと、勝手に写真撮らないでくれる?』
アテネにて








『200円でどう?』です。
アテネにて









違います。
正式には、【アンティキセラの青年像】で紀元前340年頃の作品です。





『あんまりふざけ過ぎないで』
アテネにて



に続き、【ポセイドンの大理石像】。
衣服の弛み具合なんて絶妙です。
アテネにて



アテネにて

【アフロディテとパンの像】は息子エロスと一緒です。
“ちょっとお母さん、この手どけてよ。ゲヘヘ”と言ったかどうかは知りませんが、ギリシャ神話の中では、彼らは親子であり、恋愛対象でもあるという設定・・・・・(苦笑)。
いや、本当に何でもありのギリシャ神話です(笑)。



最後は、スパルタから出土した、スパルタ軍のマスクです。
アテネにて


注:
[ 2008/10/25 07:03 ] 旅行道中編~Greece | トラックバック(-) | CM(3)
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