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01/04  ドイツ最終回です 

ツェルマットの後は、ドイツに再び戻りオーストリアとの国境に近い町フュッセンへ向かいました。
ここは、世界遺産ノイシュヴァインシュタイン城で有名な所です。
氷点下11℃のツェルマットから移動なので、さぞかし暖かく感じるだろうと思っていましたが、同じ位の気温にビックリしました。

フュッセン最大の見所は町から数km離れた山の麓にあります。
観光客を乗せる馬車が行き交い、朝早くから観光客が続々とやってきます。
フュッセンにて フュッセンにて フュッセンにて 


見学は完全予約制で、チケット購入時に決められた時間通りに回らなければなりません。
見学者数が多いからか、1グループの数が多過ぎ、中の展示物をじっくり見ることが出来ませんでした。
部屋はそれほど大きくないので、1グループが入りきると満員となり、思うように見て回れないのです・・・。
安くはないチケット、要改善ですね。


まずは、ホーエンシュヴァンガウ城。とても覚えきれません(笑)。
12世紀に建てられ、16世紀頃廃墟となり、後19世紀にバイエルン王マクシミリアン2世によって再建されたお城です。当時は夏の離宮として使われていたそうです。
フュッセンにて フュッセンにて フュッセンにて 

続いて、ノイシュヴァンシュタイン城。
お城は想像していたよりかは小さかったのですが、ディズニーのシンデレラ城のモデルになったのも頷けるほど、可愛らしい外観でした。
こちらは、マクシミリアン2世の息子ルートヴィッヒ2世が巨額を投じて建てたお城ですが、不幸にも彼はその過度の支出によって逮捕され、この城に住んだのはわずか172日間だけだったそうです。
彼はその後、謎の死を遂げ、原因は未だに解明されていません。
しかし、こちらも人・人・人・・・(笑)。1グループは更に大きくなりました。う-ん、勘弁して欲しい^^;。
そして、中国人観光客の多さには驚きました。
フュッセンにて フュッセンにて フュッセンにて フュッセンにて 

中国の方で思い出しました。余談ですが、フュッセンに夜電車で到着した時、電車はそのまま折り返し運転になるのか、ホームには日帰りで帰ろうとする観光客でごった返していました。
乗客は俺を含め4人程度だったのですが、ドアが開くと中国人観光客が待たずに乗り込んできて、暫く降りられませんでした。俺は先頭で、あまりの出来事にビックリしていると、白人の兄ちゃんが両手で彼らを制し、やっと俺達は降りることができました。後ろの姉ちゃんと苦笑い。
いやぁ、本当に譲り合いの精神は無いんですかね・・・(苦笑)。儒教の国どうしたっ!!って感じです。
アンチ日本教育も良いですが、もうすこし道徳の時間を作った方がよろしいかと思います。


えっ、公的な所でそれはマズイって??
俺は公人ではありません。あくまでも俺個人の意見です。俺だってたまには毒吐きますよぉ。
異論反論どうぞ。すべて実話です^^。


まぁ、暗い話はその辺にしときまして(笑)、今回も動画で終わります。
どうぞ!!⇒どうが⇒動画・・・(ToT)

『フュッセン ダイジェスト』
フュッセン

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[ 2009/01/04 09:02 ] 旅行道中編~Germany | トラックバック(-) | CM(2)

01/04  ケルンでのクリスマス 

ミュンヘンを離れ、フランクフルトで1泊した後、向かった先はケルンです。
こちらでは、アフリカのツアーで一緒だったご夫婦のお宅にお邪魔しました。
12月22日~25日まで3泊させていただきました。

ご夫婦が住む村は、ケルン中心部から電車で20分程のところにあります。
22日は夜に到着した為、最寄り駅まで奥さんが迎えに来て下さり、直接お宅に向かいました。
ご夫婦にはお子さんが3人いらっしゃいますが、長女のアンは現在イギリスに留学中、長男のマーカスはドイツの別都市の大学に通っているそうで、現在は二男のヨハネスと3人暮らしだそうです。
しかし、今回はクリスマスシーズンということで二人共帰省中で、家族全員集合していました。これまた、本当に良い子達でした。(‘子’といっても、25・23・19歳ですが、笑)
ケルンにて


食堂には家族の写真がたくさん飾られており、ケルンで有名なお祭り“カーニバル”の写真もありました。
“カーニバル”とはもともとキリスト教の宗教的行事で、謝肉祭ともいわれます。キリストの復活祭であるイースターの前40日間は禁欲期間になりますが、その直前は開放的なお祭りが行われ、それを“カーニバル”というのです。ブラジルのリオ・デ・ジャネイロが有名ですよね。
ケルンはドイツ国内では、“カーニバルの街”として有名で、その時期はみんなコスチュームに身を包み、老若男女街に繰り出すそうです。
すると、ほろ酔いのマーカスが、来年のコスチュームを着てきてくれました(笑)。
来年の彼のテーマは、ずばり“ビール”!!
ケルンにて






こうなれば、流れ的にこのようなことに(笑)。
ケルンにて


更にその日は、同じツアーに参加した、ケルンに住む他の友達も遊びにきてくれたのですが、この恰好で出迎え、ドン引きされてしまいました(笑)。
しかし、久しぶりに多くのメンバーと再会できて、楽しいひと時でした。



翌23日は午前中家の周りを散歩し、午後ケルン市内へ観光にでかけました。
グレッセンという人口6000人の小さな町は、ケルン中心部から電車でわずか20分にもかかわらず、緑豊かな静かな場所で、田舎過ぎず、しかしゆったりとした時が流れる素敵な所でした。


ケルン市内はクリスマスマーケット最終日ということもあって、多くの人で賑わっていました。マーケットでは特大ホットドッグとカレー味のソーセージ“カリーヴルスト”を頂きました。
ケルンにて ケルンにて ケルンにて 

その後ケルン中央駅隣に建つ世界遺産“ケルン大聖堂”へ。
632年の歳月をかけて作られた高さ157mにおよぶドイツ最大のゴシック建築です。
ヨーロッパでは教会は至る所にあり、正直見飽きていて今回も期待していませんでしたが、その綿密なデザインと大きさには圧倒されました。
ドームの最高部にある塔の原寸大の模型がありましたが、それだけでも十分大きいです(笑)。
ケルンにて ケルンにて 


その後橋の袂まで行き、ライン川を見た後、旧市街を散策しました。途中、ブリキの人形があり、一人の鼻を擦るとご利益があるというので、旅の安全を祈願しておきました^^。
ケルンにて ケルンにて 

24日はいよいよクリスマス・イブ当日。
日中は奥さんはケーキを焼いたり、子供達はクリスマスツリーに装飾を施したり、家中がお祭りムードでした。
ケルンにて


そして夜は、家の近くの教会に行きましたが、物凄い数の人々でごった返していました。
ミサが始まると、キリスト誕生についての子供達の劇が始まりました。そして、神父の祈りの後、来場者一人一人にひときれのパンが渡されました。
最後の晩餐で、キリストは12使徒にワインとパンを与えたそうですが、ワインはキリストが人々の為に流した血、パンはキリスト自身の体(肉)を表しているそうです。この聖餐の儀式を見るのは初めてでした。
そして、途中途中でパイプオルガンの音が流れ、会場全体に賛美歌が響きます。
最後に神父さんの御言葉があって、ミサは終了。2時間ほどでした。
ミサが終わると、隣り合った人々は皆拍手をしあい、祝福の言葉を語りかけていました。
これが、本場のクリスマスイブかぁ、と妙に感動してしまいました。
ケルンにて ケルンにて 

家に帰ると、旦那さんの書斎に集合しました。部屋には無数のロウソクが灯り、キリスト生誕のミニチュアが置かれていました。最初に息子が物語を朗読し、(ドイツ語だったので、正確な意味はわかりませんが、キリスト生誕に関するものだと言っていました)、続いて聖歌を歌っていました。
それが終わると、家族全員参加のプレゼント交換です。ご夫婦は俺にもプレゼントを買っておいてくれました^^。家族がお互いにプレゼントを買ってくるのだそうですが、お互いの好みをよく熟知しているらしく、時々同じ物をプレゼントされるというハプニングもありました。それにしてもみんな読書が大好きらしく、本のプレゼントは多かったですね。
ちなみに俺は、本、お菓子、キャンドル立てを頂きました^^。
ケルンにて ケルンにて ケルンにて ケルンにて 

その後、遅めの夕飯です。ドイツの伝統料理“ラクレット”でした。
これはスイス料理だと思っていましたが、彼らはドイツ料理だと主張していました。
ヨーロッパでは国を越えても、料理は似たようなもので、名前だけ変わるということもあります。どの国がオリジナルなのか、あまりはっきりしていないようですね。
自分専用の小さな器にみじん切りした野菜や肉をまぶし、上に板チーズを置いて熱線の近くで温めます。チーズの香りが強くなったら出来上がり。最初はタイミングが分からず、チーズを焦がしたりしてしまいましたが、徐々に慣れ、気付くと最後まで食べていました(笑)。
ケルンにて ケルンにて ケルンにて ケルンにて 

25日は、閑散とした町を抜け、ご夫婦の普段の散歩コースを案内してもらいました。
シーンとした森に足音だけが鳴り響き、とても気分が良かったです。
やっぱり自然は綺麗だし、癒し効果ありますね。
日本でも、都会から20~30分でこの様な自然に囲まれた町ないかなぁ^^。
ケルンにて ケルンにて ケルンにて 

午後は奥さんの妹さん(これまた同じツアーに参加していました)のお宅で盛大なパーティーがあり、参加してきました。
20人近いドイツ人中ではさすがに浮いてしまいました・・・(笑)。みんな手作りのケーキを持ち寄り、食べる、食べる。俺もつられて、普段あまり食べないケーキを2個も食べてしまいました(笑)。
ケルンにて 

そして慌ただしくお別れをして、夜フランクフルトに戻ったのでした。
ケルンにて



PS:ケルン滞在をまとめた動画です。
『ケルン』
ケルン

[ 2009/01/04 03:22 ] 旅行道中編~Germany | トラックバック(-) | CM(0)

01/03  ミュンヘン滞在記 

ドイツのご報告です。
まずは、ミュンヘン・フランクフルトからです。

12月15日にミュンヘン入りし、計6泊滞在しました。
観光としては、新市庁舎前のクリスマスマーケットや、あの有名なBMW本社、オリンピック公園、バイエルン・ミュンヘンの本拠地アリアンツ・アリーナ等を回りました。

新市庁舎前のクリスマスマーケットは大賑わい。・・・。
ミュンヘンにて ミュンヘンにて 

凍ってます・・・。将軍堂とテアティーナ教会。
ミュンヘンにて ミュンヘンにて ミュンヘンにて 


BMW本社。ショウルーム、でかい、でかい、でかい!!
全シリーズ置いてあり、他にも広大なスペースには車のメカニズムに関する展示がたくさんありました。X6シリーズのハイブリッド格好いぃ。
ミュンヘンにて ミュンヘンにて ミュンヘンにて ミュンヘンにて ミュンヘンにて ミュンヘンにて 


ヨーロッパサッカー強豪の一つ、バイエルン・ミュンヘンの本拠地、アリアンツ・アリーナ。
クリスマス休暇で試合はありませんでしたが、チーム直営のファンショップには熱心なファンが詰めけていました。歯ブラシやら、ワインやら、更にはスタジアムの芝生まで(笑)。
ミュンヘンにて ミュンヘンにて ミュンヘンにて ミュンヘンにて ミュンヘンにて 


オリンピック公園はあいにくの空模様。オリンピックタワーからは隣のBMW本社ビルはよく見えました(笑)。
ミュンヘンにて





そして18日、東南アジア諸国で3回も偶然再会するという“奇跡”といっても過言ではない御縁の大学生カップルと“約束の再会”を果たしました。
初日の晩は、以前バイエルン王室御用達だった宮廷ビール醸造所“ホーフブロイハウス”へ。ここは昼夜問わず大変な賑わいで、観光客で溢れています。地元民の彼らはそんな1階の喧噪を嫌がった為、2階の割合静かなラウンジへ行きました。
ミュンヘンにて


しかしドイツの地ビール、やっぱりうめぇなぁ・・・。
ミュンヘンにて




タイのバンコクで別れてからの俺の旅程や、その後の彼らの近況を話しながら、和気藹々と数時間。地ビールにバイエルン名物の白ソーセージを食しながら、歓談です。
この白ソーセージ、茹でた後、皮を剥いでから中身だけをハニーマスタードで食べるのですが、これがまた、
うめぇぇぇぇぇぇ
ミュンヘンにて


余談ですが、実はこの店後日再び行ってしまいました・・・(笑)。
ミュンヘンにて ミュンヘンにて ミュンヘンにて 

ドイツはソーセージ王国だけに色々と種類があって、しかもどれも美味しいです。サクサクのパンに挟んでかぶりつくホットドッグは堪りません(笑)。



そして、その後彼らの家に行き、ビックリ。てっきり2人で同棲しているのかと思っていましたが、実は彼女が彼の実家に住んでいたのです。結婚前のカップルが親と一緒に同居とは、日本ではなかなか聞きません(笑)。
彼の家族もまた優しい素敵な方々で、わざわざ俺の為にドイツ名産の料理やケーキを作ってくれました。甘いものが苦手な俺は、正直スイーツは勘弁でしたが、次々と出てくるデザートを頑張って食べました。恐らく、当時は毎日3000キロカロリー以上は摂取していたでしょう・・・(笑)。
ミュンヘンにて ミュンヘンにて 

彼は異文化に興味津々で些細なことでも直ぐに
『日本ではどうなの??』
と聞いてきます。その都度、内心ドキドキしながら答えたものでした。
彼との会話で印象的だったのは、彼の(ドイツ人の?)国家・国民意識の低さと、過去に対する考えでした。
彼は、
『正直多くのドイツ人はドイツ国歌の歌詞もろくに知らないし、国旗を振るのはサッカーやスポーツの国際試合の時だけなんだ。ドイツ人は第2次世界大戦での、ナチスのホロコーストを未だに引きずっていると思う。』
と言いました。彼曰く、今のドイツ領土は昔プロイセン、バイエルンをはじめとする幾つかの王国に別れていた為、今でもそれぞれの地域で民族・習慣に大きな違いがあるといいます。彼は(彼以外にもこの旅で何度か聞きましたが)、旧共産圏のドイツ東側の人間は好きではないとはっきり言っていました。
また、彼が中学生時代にイタリアに短期留学した際、イタリア人に何度も真剣に、
『あなたはナチス?』
と聞かれショックを受けたことも話してくれました。
ドイツ国歌は3番まであるそうですが、1番はナチス時代の国歌だった為、今は3番が正式な国歌として歌われるそうです。
同じ敗戦国でも、日本は時々過去の呪縛に縛られ過ぎていると感じ、逆にドイツはあれだけのことをしておきながら、謝罪・賠償に終始せず堂々とやっているなと感じたこともありましたが、内面は似たようなものなのかもしれません。
更に彼は、
『戦争や植民地支配を見ると、必ずどこでも虐殺や略奪は起きている。イギリス、フランス、スペイン、ポルトガルだって、みんな過去に似たような事をやっている。フランスのナポレオンなんてヨーロッパ各地で搾取してやりたい放題だったのに、今のフランス人は反省するばかりか、むしろ英雄扱いしている・・・。俺たちがヒトラーを英雄扱いするのはありえない。』
俺は正直歴史に疎いし、真実が何かよくわからないので、これ以上の感想は避けますが、同じ白人社会、EU共同体の国々の中でも、そうした国家間の差異はあるのだなと改めて感じた一夜でした。
ミュンヘンにて




硬くなってしまいました。最後は、フランクフルトの街並みとクリスマスマーケットの可愛らしい人形です。
フランクフルトにて フランクフルトにて フランクフルトにて フランクフルトにて 
[ 2009/01/03 09:41 ] 旅行道中編~Germany | トラックバック(-) | CM(2)
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