--/--  スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

02/18  ポルトガルの伝統民謡、ファド 

・・・??、ファド??

俺は今回ポルトガルに来るまで、ファドという伝統民謡の名前すら知りませんでした。

ファドとは、リスボンの下町から生まれたポルトガルの民俗歌謡で、ファドとは運命・宿命といった意味だそうです。
起源ははっきりしていませんが、主として、奴隷としてブラジルに連れて行かれたアフリカ人達の踊りが現地でアルゼンチン・タンゴなどの影響を受けミックスされ、それがポルトガルに逆輸入された後、更に様々な影響を受け、貧しい人々の間で発展してきたと言われています。
6コース12弦のポルトガルギターとクラシックギター、低音ギターの伴奏に、ファディスタと呼ばれる歌い手さんが叙情的な歌を歌います。
ファドを聴けるのは、カサ・ド・ファドと呼ばれるレストランで、ファドは21時頃から始まり深夜まで続くそうです。

ポルトガル最後の夜は、この哀愁に満ちた音楽を聞こうと決めていたので、どのカサ・ド・ファドに行こうか調べていると、なんと日本人の歌い手さんがリスボンで歌っているということを知りました。連絡先があったので、その方に連絡を取ってみると、ラッキーにも今日出演するとのこと。
折角なので、そのレストランに行ってみることにしました。

8時半頃入店するとまだ店内は空いていましたが、その後続々とお客さんがやってきていっぱいになりました。9時過ぎ、照明が暗くなり、いよいよファドのスタートです。

最初は21歳の若いポルトガル人ファディスタさんの登場。
淡々と弾かれるギターに少し低めの歌声。ファドはだいぶ低音で歌われるようです。
感情を露わに、心をこめて歌っているのはわかるのですが、歌詞の意味がわかりません(泣)。
後で教わったのですが、ファドは故郷(リスボン)を愛する歌や、恋歌などが多いそうです。
もともと貧しい人たちの間で歌われていたものなので、庶民的な日常的な事が題材になっていることが多く、時として生活の貧しさなども歌われるそうですが、基本的にはとてもポジティブな歌詞なのだそうです。
『ポルトガル人は基本的にポジティブですね。』
とその日本の歌い手さんは言っていました。


そして、いよいよ日本人の方の登場です。

“おぉおぉ、本当に日本人だぁ!!!!”

リスボンの町の一つのレストランで、現地の人を前に日本の人がポルトガルの歌を歌っている。
そして、盛大な拍手を貰っている。
なんだか、感動しましたね^^。
本当のポルトガル人の様でした!!

全く関係ないのに、俺までなんか
“どうだ^^”
といった心境(笑)。

その方は出演後わざわざ俺の席まで来て、色々とお話を聞かせてくれました。
歌の意味、ファドの歴史、今までの経緯など。とにかく自分の知らない世界なので面白かったです。
翌日朝が早かったので、途中で帰らせてもらいましたが、最後にお師匠さんと一緒に記念撮影も^^。




リスボンにて
 リスボンにて
 

頑張れ、異国で頑張る日本の同胞!!!!!!


スポンサーサイト
[ 2009/02/18 04:46 ] 旅行道中編~Portugal | トラックバック(-) | CM(0)

02/18  元祖エッグタルト、食べました!!しかし!! 

14日は中心部から市電で30分程のべレン地区に行きました。
ここには、エンリケ航海王子500回忌時に作られた“大陸発見のモニュメント”やら“べレンの塔”という昔の港の監視台跡、ヴァスコ・ダ・ガマが眠るジェロニモス修道院などがあります。

べレンの塔にジェロニモス修道院。
天気も良い土曜日の昼下がりだったので、家族連れも遊びに来ていました。
リスボンにて リスボンにて リスボンにて 

大陸発見のモニュメントには、エンリケ航海王子(といってもただの‘王子’で、彼自身は航海はしていない)を先頭に、ポルトガル大航海時代の英雄の像があります。
またモニュメント前には世界地図があり、それぞれの発見年も記されています。
ちなみに日本は豊後に漂着した1541年でした。
しかし、ここで面白かったのは海外の人は結構自分達の国の上に立ち記念撮影していたことです。俺は日本の地図の上に立つ気起こらなかったし、むしろ行儀が悪い気がしたのですが、彼らは全く気にしていない様子。平気で歩き回っていました(笑)。
土足で日本の上を歩かれた時は良い気持ちしませんでしたねぇ。
“おいおい、そこ俺の国!!”って(笑)。
たかが、地面の地図ですけど^^;。
リスボンにて リスボンにて リスボンにて 


そしてべレンの名物と言えば、Pasteis de Belemも忘れてなりません。
1837年創業のこのお菓子屋さんは、“エッグ・タルト発祥の店”なんです。
海外には珍しく、長蛇の列ができていました。
俺は4つ持ち帰りました。お味の方は・・・・・・、
リスボンにて 






鼻詰まりで全くわからず・・・。
食べる前は散々鼻かんだりしたのですが、全くの無味・・・。







くそぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!





もう勘弁して下さい(笑)。
いい加減‘味’を楽しみたいです!!!!!!
こりゃ、お鼻開通時には盛大なご報告といきましょう。
(2月17日現在もわたくしのお鼻は運転を見合わせております。)



待ってろよ、南米!!!!!!!
明後日乗り込んでやるからな!!!!!!!!!!!

リスボンにて 


うりゃぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
[ 2009/02/18 03:48 ] 旅行道中編~Portugal | トラックバック(-) | CM(0)

02/17  実は不法滞在してました。 

本日、“無事”ロンドンに到着しました。
今日のロンドンはリスボンとは違い曇り空、そして気温は再びぐっと寒くなりました。

今朝、リスボンの空港で俺は少しドキドキしていました。
実は俺、ここ2週間はスペイン・ポルトガルに“不法滞在”していたんです。

どういうことかと言いますと、普通日本のパスポートを持った人はビザ無しでほとんどのヨーロッパ諸国に入国できます。そして、シェンゲン協定に加盟している国々の中ではパスポートチェックもなく、自由に行き来できますが、最大で90日という決まりがあります。
大抵の人は旅行で3ヶ月も滞在することはないので問題ないのですが、俺は10月にキプロスに入国して以来、シェンゲン協定国にずっと滞在していたので、90日を越えてしまいました・・・。
11月に一度日本に帰ったので、帳消しになるかと思いきや、シェンゲン協定を詳しく調べると、
過去6カ月以内で90日』という決まりなので、一度国に帰ろうが、6カ月以内であれば最初の入国日から、つまり俺の場合は10月のキプロス入国時から、引き続き日数をカウントされてしまうのです。

俺はまだ滞在が90日以内の時、パリのスペイン大使館とポルトガル大使館に滞在延長許可或いは観光ビザの発給をお願いしに行ったのですが、どちらの大使館にも断れてしまいました。その様な理由で発給はできないと。

となれば、残された道は2つ。
?90日以内にちゃんとヨーロッパを出るか、
?ひっそりと滞在し続ける
かです。

俺はスペイン・ポルトガルも楽しみにしていたので、一か八か後者を選択しました。
また、ポルトガル大使館で職員に、
『とりあえず、行ってみなさい。次にパスポートチェックされるのは出国時だから大丈夫でしょう。出国審査官に‘一度日本に帰っているので、カウントは再入国時の12月2日からです。’とか、‘年を越すと、カウントは更新される。’とか言ってみなさい。まぁ、大丈夫でしょう。』
と言われたこともあります。
大使館職員が不法滞在を認めるなんて聞いたことありませんが(笑)、まぁ俺は次にイギリスに行くことははっきりしているし、就労するわけでもないので、これもお国柄でなんとかなるのかもしれないと感じたからでした。


91日目以降、具体的にはマドリード到着日より、俺は行動に一層細心の注意を払いました。
しかし、当然ですが違法行為というのは嫌な気分ですね。
全て守りに入る。“盗難被害にあっても、被害届を出せばバレてしまうので、警察署に行けない。”とか、“体調崩しても、病院にも行けない。”とか、ものすごい制約を感じてしまいます。
宿でチェックイン時にパスポートを出す時すら、いつもドキドキする(笑)。


2月7日ポルトガルに陸路で入国した時なんて、国境でバスが警察署の前でいちいち止まり、“おいおい!!”と思っていると、警官が乗り込んできた時は冷や汗かきましたね。
パスポート提示を要求され渡航スタンプを確認している時は、眼が泳ぐ泳ぐ(笑)。
サングラスあって良かったぁ。そして、必要以上の満面の笑顔になってしまいます。
その場は何もなく入国できましたが、まさかシェンゲン協定国間でパスポートチェックがあるとは思わず、ビックリしました。


まぁ、そんなことがあったので、今日最後のパスポートチェックは気合入りまくりでした。
万が一追及されたら何と言うかあれこれ考え、どの審査官が優しそうか、サングラスの下から鋭い観察。
そしていよいよ自分の番になると、勢いよく飛び込み、帽子とサングラスを取り、再び超絶スマイルで『Hi!!Hello!!^^』。
審査官はジロッと睨み、すぐパスポートに目をやりました。



(探してる、探してる、入国時のスタンプ。)



だが、あまりにスタンプが多過ぎ審査官見つけられない。



(あぁ~~、次のページだよぉぉぉ。)




(おっと、審査官次ページを捲らずに、最初のページに戻り再び探し始めたぁ。)




(あぁ、再び近づいてきたぁ~~。)



(おっと、ここで審査官面倒くさくなったのか!?!? 途中で探すのを諦め、空いたスペースにスタンプをバチコ~~~ン!!!!)




『Ok.』







(OK?????・・・・・・、
ゴ~~~~~~ル!!!!!!!!!!!!!!!!!)




やりました!!!!!!
何事もなく、無事出国スタンプゲットォ!!!!!


ということで、今平和にロンドンにいま~す。


ポルトガル、色んな意味で素晴らしい。またぁ、来るぞぉぉ!!!!!




追伸:良い子の皆さんは真似しちゃだめよ!!
[ 2009/02/17 04:03 ] 旅行道中編~Portugal | トラックバック(-) | CM(3)

02/16  リスボン、良い!! 

2月7日にポルトガル入りし、ポルトに4泊滞在しましたが、結局体調不良でダウンした上、連日雨という状況に観光せず、ひたすら寝込んでいました。
なので、ポルトの思い出無し(笑)。
楽しみにしていた、“ポートワイン”。買って宿で飲んだけど、味無し!!!
雨!!風邪!!雨!!風邪!!雨!!風邪!!み○もんた!!
あぁ、残念極まりない・・・。今度来る時は絶対夏にしよう・・・。

かろうじて、リスボン移動日に少し晴れたので、出発前に急いで駆け足の市内散歩してきました。
ポルトはドウロ川の両岸に広がる街で、ポルトガル第2の都市です。やはり坂の多い起伏に富んだ街です。
ポルトにて ポルトにて ポルトにて ポルトにて 



そして、11日ヨーロッパ最西端の街、ポルトガルの首都リスボンに移動しました。
大航海時代、冒険者にとってアメリカ大陸を目指す出発港であったこの町は、7つの丘からなる別名“坂の町”。
リスボンにて 
石畳の道が多く残り、情緒揺れる綺麗な町ですね。
そして、天気もリスボンに来てからは連日晴れ^^。気温も日中は20℃近くなります。
ヨーロッパと言っても今までの東欧・中欧とはまた違った雰囲気ですね。
俺はリスボンの町好きですね。何というのかな、町自体に哀愁が漂っていて、それが格好良いですね。
丘の上から見るリスボンの町は、大部分が白い壁にレンガの屋根で色彩が統一されていて、それが青空に映える、映える。
いやぁ、リスボン気に入りました。
もっとも、リスボンも俺が来る前は雨が続いていたそうで、雨の時に来ていたら違った印象になっていたでしょう。俺がラッキーなだけかもしれません。ポルトガルは冬が雨季になります。

体調の方は恐らく熱は無く、ひたすら鼻水が出続けるだけですが、集中力↓・気力↓・倦怠感↑と予想以上に活動に支障をきたします。
しまいには鼻汁は膿性化し、後鼻漏↑↑↑。『急性副鼻腔炎ではないの?? 』という友達の心強い助言もあり、今は抗生剤と消炎酵素薬を飲んで耐えています。
今週いよいよ南米に入るので、それまでになんとか良くなってほしいところ。
しかし何よりも辛いのは、“味”が全くしないことですね。
折角のポルトガル料理も全て無味・・・。
ポルトガルのビール飲んでも無味、ワイン飲んでも無味、フルーツジュース飲んでも無味、イワシの塩焼き食べても無味、マクドナルド食べても無味。
無味、無味、無味、全部一緒!!!
今日はポルトガル最後の夜ですが、食はどうやら期待できそうにありません。
まじ、この鼻水どうにかしてくれぃ!!!!!!!!!!!!!!


あんまりこんなことばかり書いてると、皆さんのテンションも下がってしまうので、リスボン観光のお話を。

まずは、テージョ川にそって広がるリスボンの町を見渡せるサン・ジョルジェ城。
歴史はローマ時代にまで遡り、その後西ゴート族、イスラム教徒、キリスト教徒と次々と居住者が入れ替わったそうです。
今は公園として開放されており、快晴の天気もあって、多くの観光客で賑わっていました。
リスボンにて リスボンにて リスボンにて リスボンにて リスボンにて 


ここから見たリスボンの町は綺麗!!溜め息でますわ。
対岸には、リオを彷彿とさせる巨大なキリスト像。橋はサンフランシスコのゴールデンゲート・ブリッジの様な赤い吊り橋。北岸は一面レンガ色の屋根。
そして、暖かい太陽!!
歴史といい、景色といい、雰囲気といい、ロマンの町ですな^^。
リスボンにて リスボンにて リスボンにて リスボンにて リスボンにて 


メインスクエアーの一つであるロシオ広場とそこから海岸沿いのコルメシオ広場まで続くオウロ通り。
リスボンにて リスボンにて 

坂の多いリスボンではケーブルカーや市電は市民の足として大活躍です。黄色と白を基調にした車輌も絵になります。
リスボンにて リスボンにて 

今度は先程のサン・ジョルジェ城とは別の丘に登りました。向こう側にサン・ジョルジェ城も見えます。
リスボンにて リスボンにて 

この辺りは、バイロ・アルト地区と呼ばれ、リスボンの下町。
ポルトガルの伝統民謡ファド発祥の地であり、夜にはファドの悲しい哀愁たっぷりの曲調がしっとりと石畳の道に響くそうです。
なんて、ロマンテック!!
今夜、リスボン最後の夜なのでファドを聴きに行ってきます!!
リスボンにて リスボンにて リスボンにて リスボンにて リスボンにて 

そして最後は、バイロ・アルト地区近くにあるサン・ロケ教会。
1584年リスボンに到着した天正遣欧少年使節団が1ヶ月ほど滞在した教会だそうです。
リスボンにて 
[ 2009/02/16 01:40 ] 旅行道中編~Portugal | トラックバック(-) | CM(2)

02/15  ポルトガルのみ○もんた 改訂版(写真付き) 

ポルトガル到着時は少しの間晴れたものの、ここ数日外は雨with強風という最悪の天気。
更に自分も悪寒・多量の喀痰・鼻水洪水警報という体調不良もあり、宿で休んでいました。

観光はできなかったものの、無為に部屋でポルトガルのテレビ番組を見ていて発見したことがあるので、ご紹介します。

青色は、日本と似ていると感じた点赤字は逆に似ていないと感じた点です(あくまで俺視線で^^)。

           ポルトガルお昼の番組10箇条

1:ポルトガルにも、“おもいっきり生テレビ”ばりのおばちゃん(専用)番組がある。

2:やはり年齢を感じさせない、若々しい名物司会者っぽい男性司会者が番組を引っ張る。

3:一緒の女性司会者は黒タイツにミニスカートといういでたちで、テレビ正面で頻繁に足を組みかえる。
 番組プロデューサーは男性視聴者もゲットしたい模様。
 翌日はパンツ姿であったが、中途半端な肩紐の垂れ具合は狙いか。
ポルトガルにて 


4:しょっちゅう、スタジオライブが入る。

5:全て、アップテンポのノリノリ音楽。中高年向けの番組にして、日本の様な演歌的な曲はない。
ポルトガルにて ポルトガルにて 


6:男性司会者、踊る。
 いや、『男性司会者、踊る。』かもしれない。み○さんもやりかねない。
ポルトガルにて ポルトガルにて 


7:観覧者のおばちゃまを誘い、一緒に踊る。

8:誘われたおばちゃんは喜び、恥ずかしがりながらも、結局ノリノリで踊る。

9:女性司会者はいきなり振られたビデオカメラにてリズム感の無さを暴露される。カメラは慌てて舞台へ。カメラマンの気遣い。

10:男性司会者は頻繁に女性司会者の腰に手を回す。そして、CM前に女性司会者にキスをする。
 翌日は頻繁に手を握る。そして離さない。
ポルトガルにて ポルトガルにて ポルトガルにて ポルトガルにて 


11:出ました、ドン!!怖すぎます(笑)。
ポルトガルにて ポルトガルにて 


う-ん、たかがテレビでもお国柄は出るのかな^^。



今回のおまけ:
アフリカン・ミュージックのご紹介。

一人目は、以前にもご紹介したTcheka(チェカ)。
ポルトガルの旧植民地カーボ・ヴェルデ諸島出身のアーティスト。
カーボ・ヴェルデ行きたかったなぁ。
『Sabu』(最初の15秒くらいは信号が流れますが、その後ちゃんとあります!!)
Sabu

二人目は、ナイジェリアのASA。今はフランス・ナイジェリアで活動中。
この冬ずっと聞いていました。
『Jailer』
Jailer

『360°』
360°


[ 2009/02/15 01:08 ] 旅行道中編~Portugal | トラックバック(-) | CM(0)
プロフィール

ぽちゃムキン

Author:ぽちゃムキン
こちらをどうぞ~

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
訪問者数
今現在見てる人
現在の閲覧者数:
星が見える名言集100
今日はどんな日?
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。