--/--  スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

05/04  プノンペン観光 

昨日プノンペン観光してきました。

1日ツアーでキリング・フィールド、ロシアン・マーケット、トゥール・スレーン博物館、国立博物館、王宮、ワット・プノン、独立記念塔など見所満載のツアーでした。


その中でも、やはり一番の衝撃はカンボジア内戦の暗い影、キリング・フィールドとトゥール・スレーン博物館でした。

1975~1979年の4年間、ポル・ポト率いるクメール・ルージュがカンボジアを支配し、その間だけで、実に国民の1/3が殺された過去。その現場となった場所です。
キリング・フィールドはプノンペンの街から15km程離れた場所にあります。緑に溢れ、花が咲き、この場所でおぞましい過去があったとは想像できない程のどかです。
(そういえば、アウシュビッツもそうでした。)

しかし、至る所に遺体を埋める為に掘られた穴が点在し、子供の頭を打ち付けて殺した木が残り、
遺体の首と胴と切断する為のパームツリーの木があり、当時の希望も無い悲惨な現実が残されています。銃は高価だった為あまり使われなかったそうです。

カンボジアは90%以上をクメール人が占める、ほぼ同一民族の国です。
なのに何故こんなことが起こったのか・・・。

日本人が日本人同士でこんな残酷なことをするという想像は俺には出来ません。考えられない。

当時は周囲の尊敬を受ける知識階級の人々が真っ先に犠牲になったそうです。学校の先生、弁護士、軍人、医師、etc。
トゥール・スレーン博物館にはそういった犠牲者の人々の写真が数多く展示されてました。その瞳はとても虚ろに見えました・・・・。中にはガリガリに痩せ細った人もいました。
銃で頭を撃たれて殺された人の頭蓋骨もありました。







その一方で、市場は物と人で溢れ、街にはバイクや車が所狭しと走り、クラクションの音は絶えず、活気に満ち溢れています。子供達は屈託の無い笑顔で走り回っています。
そこには、ごく有り触れた平和な生活がありました。
伝統舞踊のアプサラダンスは、とても優雅な踊りで、女性の踊り子はとても美しく、栄光のアンコール時代を妖艶に見せてくれる。
プノンペンにて プノンペンにて プノンペンにて プノンペンにて 

カンボジア、とても興味深い国でした。

PS:なんと、デジカメのメモリーカードが壊れてパソコンに写真を取り込めなくなりました・・・。予備の為に新しく買ったメモリーカードなのに・・・。肝心なアンコールワットはお釈迦です。

スポンサーサイト
[ 2008/05/04 23:17 ] 旅行道中編~Cambodia | トラックバック(-) | CM(1)

05/01  シェムリアップ 3日目 

今日はシェムリアップ80km程離れたベン・メリアという遺跡を見に行きました。
ここは、最近まで地雷の撤去作業をしていて、外国人に解放されたのは2001年らしい。

遺跡まではトゥクトゥクというバイクタクシーで片道約1時間半の道のり。路面状況はコンクリート道路の為、そこまでひどくありませんが揺れは激しい〈笑〉。おまけに、埃が・・・。アジア!!という感じです。

遺跡は修復はほとんどされておらず、発見当時の状況に似ているそうです。巨大な岩がゴロゴロ転がっていました。
しかし、よくまぁ森の中にこんな建造物を作ったものだと感心します。


そして帰り道、サプライズなイベントがありました。なんだか先の方から賑やかな音楽が聞こえてくるなと思っていると、トゥクトゥクがその村?の前で突然止まりました。
すると運転手の兄ちゃんが、
『オ葬式シテル。知り合イダカラ、行ッテキテモイイデスカ?』
お葬式!?こんなに賑やかなの!?とビックリしながら、『どうぞ^^』と伝えると嬉しそうに入っていきました。

待つこと数分してお兄ちゃんが帰ってくる。
『オ葬式ミマスカ?』
やった!!願ってもない。現地の人々の暮らしを見れるのは興味深々です。
『いいの?もちろん!!』
連れられるがまま中に入っていくと完全に現地人だけ、観光客などいません。
みんながこいつは何者だ??と、言わんばかりに見ています。
笑ってない、怖い・・・。そりゃ、お葬式だもんね。
お兄ちゃんがみんなに、なにか話しています。
『ダイジョウブ、ミンナ知り合いデス。』
俺の不安を察知したのか、お兄ちゃんは話しかけてくれる。
『昨日死体を燃ヤシタ。今ハ骨ダケネ。』
そうか、もう荼毘に付した後か。
カンボジア独特の高床式住居に入っていく。中は暗くてよく見えない。
徐々に目が慣れてきて、気がつくと大勢の人がいる!!!
またもや、みんなの視線を浴びる。
『コノ人ノ奥サンガ亡クナリマシタ。突然血ヲタクサン吐キマシタ。前カラ、オ腹ノ中悪カッタネ。』
肝硬変⇒食道静脈瘤破裂?などということを勝手に考えながら、そのご主人に挨拶。
手を胸の前で合わして、笑顔で挨拶してくれました。
辛いだろうに、いきなり見ず知らずの人間が来た上に、ずかずかと上がったのに、こんな温かい笑顔・・・。とても胸が苦しくなりました。

『みんなのこと写真撮ってもいい?失礼じゃない?』
お兄ちゃんに聞くと、
『イイデスヨ。ダイジョウブデス。』
俺がカメラを構えるとみんな集まってきた。写真に写りたいみたいだ。
写真を撮って、その画像を見せてあげると大喜び。珍しいのか、もう1枚もう1枚とせがまれる。

外に出ると大勢の人が青空の下、昼飯を食べている。
お兄ちゃんが
『一緒ニドウデスカ?タダデスカラ。』
みんなも座れ座れと、椅子を出してきてくれた。目の前にはご飯が山盛りで置かれている・・・〈笑〉。
俺が食べるとどうだ?という顔で見てくる。
『美味しい!!』
俺が頑張ってカンボジア語で話すと、みんな嬉しそうに笑っている。
“こいつ、美味しいってよ!!”
多分そんなことを言っているのだろう。次々と料理を出してくれる。

『カンボジアデハ、ミンナお葬式手伝ッタネ。オ返シニ料理ヲ出スネ。』
どうやら、誰かが亡くなると、村のみんなが手伝ってくれて、そのお返しに喪主というか家族は料理をもてなすみたいだ。
だから、大勢で食事をしているわけだ。

食事の最中はガイドブックを見ながら、一生懸命カンボジア語で交流をはかる。発音が変なのか、みんなに大爆笑される。
最初は俺も警戒していたが、村人たちは本心で俺をもてなしてくれているんだと感じた。
俺もとても嬉しくなり、みんなで笑った。

『シェムリアップマデ遠イデスカラ、ソロソロ行キマショウ。』
お兄ちゃんが出発を促す。
俺も一人一人と握手をし、胸で手を合わし、最大限の礼儀で感謝を示す。

またもや、みんなが見送ってくれた。


内戦で全人口の三分の一が亡くなったカンボジア。今も数百万といわれる地雷が残り、犠牲者が出続け傷跡が残るカンボジア。
だが、そこには俺をもてなしてくれるホスピタリティーと優しさがあった。

とても感動した体験でした。
[ 2008/05/01 20:56 ] 旅行道中編~Cambodia | トラックバック(-) | CM(0)

04/30  カンボジア 2日目 

昨日無事、カンボジアのシェムリアップに到着しました。
シェムリアップは、アンコール・ワット観光の拠点となる町です。

カンボジアはバンコクから来ると、とてものどかで時間がゆったりしているように感じます。
10年前まで20年以上内戦が続いていたとは想像できません。

人々は、陽気でフレンドリー、真面目な印象です。あまりボッタクロウ精神は感じません。ただし、現地価格とツアーリスト価格があるようです(笑)。

食事は味付けが日本とどこか似ていて美味しいです。お酢をよく使うみたいです。

アンコール・ワットはじめ遺跡の数々は凄い!!!緑の森の中に忽然と現すその姿は誰でも感動をうけるでしょう。

写真は後日アップロードします。
インターネット環境はやはり、今までの国と同じ様にはいきません・・・。

ではまた!!
[ 2008/04/30 23:33 ] 旅行道中編~Cambodia | トラックバック(-) | CM(2)
プロフィール

ぽちゃムキン

Author:ぽちゃムキン
こちらをどうぞ~

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
訪問者数
今現在見てる人
現在の閲覧者数:
星が見える名言集100
今日はどんな日?
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。